第9話 弱り目に祟り6
やっと退院の日がやってきた。
以前に持って来て貰っていたGパンを履くとずり落ちた。20キロぐらい体重が落ちている。
入院費は食費が10万円、治療代が10万円。
二週間の点滴も含めての本当の治療費は200万円。高額医療費補助制度があって良かった。
これを払えば残りのお金はかろうじて40万円。退院したら早急に首を吊らねば。
生命保険は自殺では出ないが、入って2年を経過していればその間に鬱病になった末の自殺としてお金が出ることがある。姉への借金はそれで返せるかもしれない。
どん底だね。皮肉な笑いが出た。ただひたすら真面目に生きてきた結果がこれか。
だからせっかくこちらに来る機会を与えたのにと誰かが呟く。
お金を払えば退院手続きは完了だ。
立っているのも辛いボロボロの体を引きずって病院のATMに行く。
ATMには故障中だと大きく書いてある。
うは。この病院、患者を退院させないつもりか。
他のATMの場所を訊ねると、この病院が立っている丘の麓にコンビニがあるという話だ。確かにこの丘には住宅街しかない。買い物のときには麓までいちいち降りていくのか。
お金が勿体ないなと思いながらもタクシーで行って帰って来てお金を下ろして来る。これだけで数時間が経過する。
何でも自分でやらねばならない独り身の辛さだ。
自宅まではお金の節約でバスを使う。駅から駅まで丘の上の住宅街の中を通る狭い道を驚くべき腕前で運行する凄いバスだ。曲がり角では住宅の壁までの距離20センチというところか。
家に辿り着いて猫にただいまと言う。帰って来たのが幽霊じゃないかという顔で猫に見つめられる。
復帰のメールを各所に出す。
有難いことに一日一万円出る医療保険に2つ入っていた。これで60万円が入る。それで後三か月は生きていられる。
毎日が綱渡りだ。
今度は片目がいきなりおかしくなる。黒い糸が目の中に無数に浮かぶ。
眼底出血だ。この糸は流れ出た血がそのまま固まったものである。
今度は眼科に一週間入院することになった。
まだ続くのか、この最低な状況は。ため息が出た。
不動尊は武闘派の護法神だ。やることが容赦ない。
結果として人工角膜に置き換わる。レーザーで焼いた出血部位を固定するために眼球に空気を入れたまま一週間の間、体を片側に向けたままベッドで過ごす。寝がえりを封じられると首が凝って大変に辛い。
空気は本来は上に浮かぶが、眼球の中で光景は反転するので下側に空気の泡が貼りついているのが見える。こんなときでなければ眼球内の反転現象は実感できない。
ついでに糖尿病の治療として周辺視野の網膜をレーザーで焼く。これが針で目の中を刺すようなもので手術が進むと段々と痛くなって来る。
何もかも目新しいが、何もかも辛い。
結果として目の手術代として医療保険から10万円が転がりこんでくる。
嬉しいけど嬉しくない。
これが仏様の差配だとすれば・・なかなかに皮肉が効いている。タコが自分の体を食って飢えをしのぐようなものだからだ。
生きるためには苦痛に堪えねばならない。ただひたすらに。
眼科のある病院に行った頃には強烈な車酔いが起きた。駅で何度も吐き続ける。吐くのが怖くてわずか一駅が乗れない。かといってこの体では歩くこともできない。
辛い。
通行人がみな巻き込まれないように離れている。
神経がボロボロになっているのを感じた。足がうまく動かない。
駅のベンチで二時間座り、ようやく一駅をこなす。
試練はまだまだ続くのだ。
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