第6話 弱り目に祟り3

 時間を無駄にするわけにもいかないので部屋の中の整理を進める。

 その通り。現実逃避である。

 父の遺品から長い間探していた『不動尊秘密陀羅尼呪』を掘り当てる。

 まさかこんなに身近にあったとはと舌を巻く。


 取り合えず仏壇の前に座り読み上げて見る。古い仮名遣いなので大変に読み難い。

 ところどころに印形の組み方と真言が書かれている。


 経文には大まかにわけて三種類ある。

 一つはさまざまな記録としての経文。過去にどこそこで世尊(お釈迦様)が何をしたとか、意識の構造に関する覚書などである。

 次の一つは真言を含んだものである。真言はインドの古い言語のサンスクリット語で表記された仏の名前であり、これを単純に読み上げるもの。この経文の働きは読む者の念を仏に届けるためのまあATMにおける入金だと思えばよい。

 最後の一つは召喚のための真言である。基本的に神仏は召喚されてその働きを見せる。素人がいくら経文を読んでもお祓いにならないのはきちんとした召喚の権利と作法を満たさないためである。

 この辺りは117番に電話をかけて警察を呼ぶようなものである。正しい番号にかけねばその行為は意味を為さない。


 この陀羅尼呪は三番目の召喚経文である。

 大失敗だった。

 普通の人間がこのような経文を読んでも何も起きない。その場で読んだ経文は虚空に消散するからだ。

 だが私は違う。私は悪意ある言霊に憑かれている。

 (身の回りの実話怪談『言霊』参照)

 恐らくは言霊は読み上げた経文をどこか伝えてはいけない場所に伝えた。


 本来この種の経文を読むことによる儀式を行うには正しい資格が必要である。

 この場合には最初にそれだけの資格がある人間により不動尊に帰依してその仏弟子になっておく必要がある。

 それを無しで儀式をしたと見なされた場合は罰が降りかかる。

 これを『越法(おっぽう)』と呼ぶ。

 そして私は仏弟子ではあるが不動尊の弟子ではない。だから越法の対象となる。

 いわば怖いヤクザのいる事務所に勝手に入ったようなものだ。ろくな事にはならない。



 たちまちにして40度の高熱が出た。

 これより私は死線を這いずり回ることになる。

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