第4話 弱り目に祟り1

 無い。

 仕事が全然無い。

 毎回今度こそはと期待するが仕事がすべて失注する。無意味に発行される見積もり依頼をそれでも断ることはできない。営業連中の仕事ごっこに付き合わされる苦痛。

 この頃にはネットでの仕事仲介会社はなく、SOHO支援の会社はわずかにあったがその中身は冗談としか思えないものであった。

 乏しい人脈を通しての仕事はすべて切れている。

 どん詰まりだ。


 それより何より、体調は最悪だった。

 母の介護のときの無理から続くこの不調の原因は糖尿病の進行である。原因は贅沢な食事ではなく、糖分たっぷりのジュースにより引き起こされたものだ。食事自体はむしろ質素で、食欲も無かったのでコンビニのおにぎり数個で済ませることも多くなった。

 体のだるさからベランダの植物への水やりもサボるようになり、母の最期を看取ったハゴロモジャスミンから幽霊が憑いたままのオリヅルランも含めてすべて枯れた。


 だが時間を無駄にするのも駄目なので、山のように溜まった書物の自炊を進める。

(自炊とは、書物の綴じ目を切断器で切り、一枚一枚をスキャナーに通し、電子データにする行為を示す。その作業の姿から『自炊』というネット・スラングがついたのである)


 貯金の残りはどんどん目減りする。

 やがてこれは手をつけまいと思っていた姉に渡すはずの金だけが残った。

 首の横に天井から首吊りロープがぶらぶらと揺れる。

 ここで死んですべてを終わりにするべきか、それとも?



 人生には絶望していた。


 仕事は無い。

 どれだけ高度な頭脳と技術を持っていてもそれを買ってくれる人間がいなければどうにもならない。

 出会う人間、出会う会社それらすべてがこちらを食うことしかしなかった。一緒に何かをやろうという者に出会うことはない。


 家庭は無い。

 出会った女性はすべてこちらを食うことしかしなかった。メッシー扱いのみしかされていない。

 返って来る言葉は「いい人なんだけどね」

 女性は貪欲だ。そして傲慢だ。女だからと言い訳すれば男の誠意を踏みにじっても良いと思っている。


 友はいない。

 出会った者たちは最初から最後までこちらの腕を捩じり上げようという者たちばかりだった。頭が悪いというよりは自分の姿の醜さ惨めさを想像すらしたことのない蛮族であった。

 まずマウントを取らないと話すらできない男たちであった。そしていざ問題が出来すると最初から全力で逃げる。

 ぬしら、それでも金玉ぶら下げておるのか?(本間先生のお言葉)


 家も故郷もない。

 どこまで行っても根無し草の己の身の悲しさ寂しさよ。


 果たすべき義務も終わっている。

 カードで未来を探っても、もう何も残っていない。

 後は野となれ山となれ。天の上の誰かさんは実に無責任な言葉を吐く。


 私の生きる意味は何か残っているのか?

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