第3話 荒野

 あちらこちらにご機嫌伺いをして見積もり依頼を貰う。

 一週間奮闘して見積もりを作る。

 組込みファームの見積もりは実際の設計にかなりの部分まで踏み込まないと作れないので、時間と手間がかかる。工事規模を入力すればその場でコストが算出される建築資材などの見積もりとは根本から違う。

 見積もりを提出して待つこと二週間、何も返答がない。

 連絡を取ってみると・・ああ、あれは失注になりました・・と返って来る。

 それならそれで連絡せんかい。この間抜け営業め。こちとら他の仕事は取らずに待っているんだぞ。

 怒鳴りたいが我慢する。相手はお客さまだ。


 新しい見積もり依頼が来た。

 同じように時間をかけて見積を作り提出する。

 見積もりを提出して待つこと二週間、何も返答がない。

 またかよ。ぶちぶち不平を漏らしながら連絡を取る。

「ああ、それ。失注になりました」

 今度は言い訳をした。

 彼の説明では見積もりを見た発注元の会社が、実はウチは今外部に発注するのが禁止になっているんですと言い出したらしい。

 ならばどうして見積もり依頼を出したんですと聞くと、サービスのつもりだったという返事。

 アホかああ! 口から炎が噴き出した。

 サービスのつもりでタダ働きを相手に押しつけてどうする。お陰でこちらは赤字だ。くそったれ。義理も何もない会社のために赤字にされた。ハラワタが煮えくり返る。

 在籍さえしていれば金になる会社員とは違うんだぞ。こちらは。時間が経てば経つほど首吊りロープが近づいて来るんだぞ。

 間に入った営業も謝るでなし、次の仕事を貰わないといけないからこちらは怒ることもできない。

 実にストレスが溜まる。

 人間というものは極めて失礼な連中である。相手が大人しいとみるとありとあらゆる醜い姿を見せてくれる。

 ではお前もそれなりの大きさの会社に所属しろと言われるかもしれないが、行く先々でK課長やK研究所長やクソTのような連中に遭遇するのだから打つ手がない。

 運が悪い?

 その通り。それとも世間というものはクソだけで成り立っているのだろうか?


 こういうことが何度も続き、気が付くともう長い間金が稼げる仕事をしていない状態になった。

 これには実はカラクリがある。

 東北大災害のため日本中の経済が後退局面に入り、一切の開発業務が停止したのだ。そのため外注仕事が壊滅した。

 営業としては何もやることが無くなったわけで、このままでは自分たちがリストラされかねない。だから仕事をするフリをしないといけなかった。

 その結果、最初から出すつもりのない仕事を捏造していたのだ。

 それに付き合わされるこちらとしてははたまったものではない。


 貯金はすでに危険域である。

 今まで遠くにチラリと見えていた首吊りロープが部屋の中でぶらぶらするようになった。


 今にして思う。偽仕事を量産する営業の連中に嫌味の一つでも言ってやれば良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る