第15話 夜明けの光
わたしはうでを伸ばして、ぎゅっと手を取った。
そのまま強い力で引っ張られながら、上へと上がる。
「っ、はあっ」
わたしは手をついて、息を吐いた。
「大丈夫か、夢生」
「うん、大丈夫。……ありがとう、紀月くん」
手を差し伸べてくれて、見捨てないでくれて。……わたしを、信じてくれて。
紀月くんは優しく笑った。
「夢生、早めに渡り切ろう。橋の限界が来てる」
「うん、わかった」
わたしは立ち上がる。
そして再び歩き始めてからすぐに、わたしたちは無事に橋を渡ることができた。
よかった……とりあえずは一安心。
「まだところどころにこういう場所があるかもしれないな。気をつけないと」
「……うん、そうだね」
わたしは、返事をするのが少しだけ遅くなる。
……紀月くんの背中が、頼もしく見えたんだ。
“信じてる”なんて言われたの、初めてだった。
心強くて……だから。
わたしは、手を離さなかった。紀月くんが信じてくれたから。
「なんか、おかしくないか」
とつぜん紀月くんがそう言った。
「え、なにかあったの?」
わたしは何も感じないけど……気になることがあるのかな?
「息が詰まるような感じがするというか……」
「う~ん、言われてみれば、たしかに……?」
意識すると、なんとなくそんな感覚になる。
空気自体が重たいような。
「もしかしたら、影が関係しているのかもな」
「なるほど……でも、今までヒントも何も見つからなかったよね」
「とりあえずは、息のつまる原因を探らないと」
とは言っても、影が今現実世界でどうなっているかもわからないし……。
「……なあ夢生」
「どうしたの? なにかあった?」
紀月くんはなにかに気が付いたかのように目を見開く。
「さっきよりも、“モノ”が少なくなってないか?」
紀月くんが空中へ向かってライトを照らす。
そしたら、よりはっきり見えた。
……たしかに、さっきに比べると浮かんでいるモノがあきらかに減ってきている。
「この夢に来たとき、夢生が抱えていたランドセル、影の一部になっただろ。……もしかしたら、“モノ”が影に変わってどこか一つに集中しているかもしれない」
つまり、それは……。
「……影はもう、すぐ近くにある可能性が高い」
わたしは、まっすぐ前を見る。
あそこのどこかに、影が……あるかもしれないんだ。
進むにつれて、なんだか空間も狭くなっていった。
これはやっぱり、影に近づいている証拠なのかもしれない。
紀月くんは念入りにライトで辺りをまんべんなく照らしていく。
見逃したら、それこそまずいもんね。
気を張っていかなきゃ!
と、思ったとき。
ぐにゅり、と柔らかいものを踏んだ気がした。
「うわあっ」
わたしはあわてて一歩下がる。
「どうしたんだ」
「な、なんか、踏んだ気が……」
「踏んだ? ……もしかして」
紀月くんが、急いで右に当てていたライトを真ん中に持ってくる。
えっ―――。
わたしは、視界に飛び込んできたものに目を見開く。
……そこには、生き物みたいに動く巨大な真っ黒の塊があった。
「……影だ」
「えっ」
ライトの光でさえ吸い込んでしまいそうなほど黒いこれが、影―――。
その姿は、闇そのもののようだ。
「間違いない。これを浄化すれば、増大させる悪夢を留めることができる」
「じょ、浄化するって……これを!?」
あ、あまりにも大きすぎるんじゃ!
「時間がない。あとは俺が、呪文を思い出せば……」
紀月くんは眉間にしわを寄せて考え込む。
何か手伝ってあげたいけど、こればっかりはどうもできない。
……そして、1分ほど経ち。
「……ああっ、だめだ! 思い出せない。ここまで来たっていうのに」
うつむきながら後頭部に手を当てる紀月くん。
なにか、きっかけがあればいいんだけどなあ。
わたしは少し考えて……あっと思いつく。
「ねえ、試しに影をじっと見てみるっていうのは!?」
人差し指を立てて、そう提案した。
「……わかった、とりあえず、やってみよう」
うなずいた後、じっと目の前の影を見つめ始めた。
その目はいつになく真剣で、わたしも力が入る。
思い出すきっかけって、いろいろあるもんね。
やれることはやってみなきゃ!
がんばれ! と心の中で応援したとき。
―――えっ。
わたしは、息をひゅっと飲む。
今、たった一瞬だけ、紀月くんの瞳が紫色に光った気がしたんだ。
み、見間違い……だよね?
人間の目が、光るなんてありえないし。
……そうだよね! うんうんと、自分を納得させていると。
「……思い出した!」
「えっ、ほんと!?」
紀月くんはにっと口角を上げた。
「だけど、こんなに大きいの浄化できるのかな」
わたしたちの何倍も背丈のある影を見上げる。
そのとき、紀月くんが拳を前へ突き出した。
「一回でだめなら、何回だってやればいいだろ」
横顔は、決意に満ちていた。
……そうだよね。やらないよりやったほうが、小さな一歩だとしても確実に近づける!
「呪文は―――」
「……うん、わかった!」
わたしはうなずいて、右手の印をなぞる。
「レーヴ・リべレ!」
ドキドキと高鳴る心臓の鼓動を感じながらいつもの呪文を唱えると、足元に魔法陣が現れた。
わたしたちは、影へ向かって右手をかざす。
―――みんなを苦しめる悪夢を、変えるんだっ!
紀月くんと目配せし、すっと息を吸った。
「ディルクロ・ルークス!!」
声を重ね、そう叫んだ。
とたん、さっきまでの暗闇が嘘みたいに、辺りがまっしろな光に包まれる。
闇夜をも照らし、悪夢を終わらせる。
全てに希望を与える。
―――それは、夜明けの光のようだった。
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