第10話 いざ、香凌学園へ

「学校についたら、まず職員室に寄るのよ~!」

「分かってるって! 大丈夫大丈夫!」


 お別れから2日後の朝。バタバタと忙しい我が家。

 わたしは玄関先の姿見でくるっと一周した。

 うん、ちゃんと着れてるよねっ!


 香凌学園には制服があるみたいなんだ。学校に制服を着ていくなんて初めてだから、ちょっとドキドキする。

 白いプリーツスカートに、水色のイートン……えりのないジャケットみたいなやつかな。あと、胸元には、深い青色の細いリボンがついている。

 こう見ると、鏡に映る自分が自分じゃないみたいで、なんだか新鮮な気持ちだ。


「夢生、ランドセルしょった?」

「うん! お母さんまだ~?」

「はいはい。準備できたよ~」


 玄関にいつものスーツ姿のお母さんが姿を現す。


「よし、じゃあ行こ!」


 わたしは扉のとってに手をかける。


「待って、夢生」


 そしたら、その上にお母さんが手を重ねてきた。


「どうしたの?」

「……ごめんね、夢生。いろいろ」


 わたしには、その“いろいろ”の意味が分かる。

 だけど、お母さんは悪くない。誰も悪くない。

 わたしは首を振った。


「ううん。わたし、大丈夫だから。心配しないでねっ!」


 振り向くと、お母さんはふんわりと笑った。


「じゃあ夢生、ドア開けるよ。いっせーのっ!」


 三階から見える景色は、いつもと違って見える。

 明るくて眩しい太陽の光が、世界中に届くようにサンサンと降り注いでいた。




 駅へ向かったお母さんとは真反対の道を、わたしは歩きはじめた。

 もし道に迷ったらって、今日はいつもより15分早く家を出たんだ。

 家から南小までも20分くらいだったけど、違う方向だったし。


「えっと、次の角を右……っと」


 地図を見ながら歩き進める。

 今のところ順調っぽいし、転校初日に遅刻なんてことはなさそう。

 初めてで緊張するけど……自分でこの学校を選んだんだから。


「このまままっすぐ、だよね。合ってる……よね?」


 もうすぐ着くはずなのに、なぜか学校が見えてこない。右は住宅街で、左は森。

 あれ、おかしいな……。どこかで道を間違えたかも?

 わたしは立ち止まって、もう一度地図を確認しようとしたとき。



「やっほ~」


 後ろから声が聞こえ振り向くと、ランドセルをしょった、わたしよりも数センチほど背の高い茶髪の男の子が立っていた。

 今まで友達だったかのようなあいさつにびっくりしながらも、わたしはひらめく。

 あ、そうだ! この子に道を聞いてみよう!


「あの、香凌学園ってどこですかっ?」

「香凌学園?」


 男の子は首をかしげる。

 もしかしてこのへんじゃなくて、まったく別の場所、だったり……?

 いやわたし、こっちに来たことがないだけで駅のほうとか南小のほうは分かる。11年この街に住んでるからね。


「そういえば、見かけない顔だね! なんて名前なの?」

「お、逢瀬夢生です!」

「夢生ちゃんね。じゃあ夢生ちゃん、ついてきて。香凌学園はこっちだよ!」


 名前もわからない元気な男の子は、わたしを追い抜いて歩き出した。

 えっ、案内してくれるってことは、香凌学園を知ってるってことなのかな?

 とりあえず、ついていってみよう! そしたらわかるかも。



「よっし、到着~」


 それから数メートル歩いただけで、意外と早く着いたものだなあと思って周りを見渡したけど、やっぱり景色は変わらない。森と住宅街だけ。

 え!? 学校は!?


「ふふ~ん」


 男の子は少し笑って、わたしのほうを見た。


「ちゃんとあるよ、学校! こっちこっち~」


 男の子が手招きしたのは、木々の生い茂る森のほう。

 も、森が学校ってこと? そんなことあるの?

 だけど男の子は中へ入っていってしまった。



「なにこれ?」


 慌てて入ったほうへ近づくと、なんと、森の中には道ができていた。

 それもかなりの人数が一斉に通れそうな広い道だ。ちょうど、学校の門くらいの大きさ。

 わたしは男の子の背中を追いかけて、ずんずんと進む。

 そして十数メートル歩いていると、出口が見えた。

 あれが森の外、なのかな?

 男の子が出て、わたしもそれに続く。


 出た先、目の前に広がっていたのは―――。



「うわあっ、すっごーい!!」



 近未来っぽい大きな校舎に、大きな噴水やきれいな花壇。ベンチなんかもある。

 ここ、本当に学校?


「こっちは中庭だよ〜。夢生ちゃん、香凌学園の生徒なんだよね?」

「はい!」

「じゃあ校舎の中入っちゃおっか!」


 男の子は迷うことなく校舎のほうへ進んでいく。

 もしかしなくても、ここの生徒だよね?

 よくよく見たら、わたしと同じ色の服を着ているし。男の子はズボンだけど。

 男の子がドアを開けて中に入っていき、わたしはそれについていく。


 そこで、重大なことを思い出した。

 わたし、職員室に行かなきゃならないんだった!


「あの~」

「どうしたの~?」


 男の子がこっちへ振り向く。


「わたし、職員室に行かなくちゃならなくて。ごめんなさいなんですけど、どこかわかりますか?」


 ここまで案内してもらって申し訳ない気持ちで聞くと、男の子はにこっと笑った。


「じゃあおれが案内するよ!」


 わたしたちは真っ白できれいなろうかを歩いていると、すぐに職員室へついた。


「ありがとうございますっ!」

「ううん、いいよいいよ。じゃあね、夢生ちゃん!」

「はい!」


 わたしは頭を下げてお礼を言ってから、男の子を見送る。

 ……ん?

 もしかしてわたし、名前聞いてない!?

 あーもう、こういうとこ、うっかりだなあ。

 でももちろん同じ学校なんだから、また会えるかもしれない。

 転入早々、いい人に出会えたな。


「あなたが、逢瀬夢生さん?」


 後ろから名前を呼ばれて振り向くと、そこには若い女の先生がいた。


「はい、わたしが逢瀬夢生です!」


 返事をすると、先生は優しそうににこっと笑う。


「そう。私は、逢瀬さんの担任の白石今日子しらいしきょうこです。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします!」


 白石先生に言われて、わたしは先生と職員室へ入る。

 なんとか、お母さんのミッションもクリア。


 香凌学園での生活……不安もあったけど、それ以上にわくわくしている。

 わたしの心臓は、楽しそうに小さく鼓動を打っていた。

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