第9話 お別れ編入テスト
わたしは家に帰ってから、お母さんに全部話した。
もちろん、理由が“お母さんを安心させたいから”とは言えないけど……。
なんとか納得してくれてよかった。
でも、一週間後なんてずいぶん急すぎる。香凌学園って、実はすっごく怖いところなんじゃ!?
テスト自体は、4年生の基本的なことが出来ていれば大丈夫みたい。夜見さんが言うには、軽い復習だけで大丈夫だって。
それなら、安心してもいいかな。
だけどわたしには、テスト以外にもう一つ考えていることがある。
それは、クラスのみんなとお別れしてしまうってこと。
もともと5月いっぱいでみんなとは離れ離れになっちゃうから、ほんの一か月だけ期間が早まっただけといえば問題ない……のは、そう。
夜見さんが香凌学園に編入時期延長を掛け合ってくれたみたいだけど、編入できるのは最高でも4月までだって学校で決められてるみたい。
それなら仕方ないけど、あまりにも急だ。
—――今まで4年間一緒だったみんなに、たった一週間で感謝の気持ちを伝えられるかわからないけど……。
それに学校が違うってだけで引っ越すわけじゃないから、会いたいと思えば会えるもんね。
そう考えると、気が楽になってくる。
もともと、学校が変わるのは誰のせいでもないんだから。
そして一週間後。
無事に編入テストは終わり、その夜に届いたのは合格の通知だった。
わたしはお母さんと二人でよろこんだ。
最初はちょっと不安だったけど、勉強しているうちに“香凌学園に受かりたい”って気持ちが自然と出てきたんだ。
だけど結局、一週間あってもクラスのみんなには転校することを伝えられなかった。
4月も終盤に入って、すでに少しずつお別れムードの出てきた中で言う勇気はなかったんだ。
今日は最後の登校日。南小に通うのも、これで最後なんだ。
わたしは一歩一歩踏みしめて、階段を上る。
そういえばこのまえは、夢の中とはいえよくこの校舎の中を全力疾走したなあ。
実際にやったらたぶんどこかを壊してしまうだろう。
三階まであがって、わたしは教室の前に立つ。
『5年2組』のプレートは、太陽の光できらりと輝いた。
わたしはドアのくぼみに手をかけ、意を決してがらりと開く。
すると、目の前が真っ暗になった。と思えば、ぱっと明るくなる。
「ゆ~い!!」
パーンッとクラッカーが鳴り響き、パラパラと飾りが降ってきた。
え、なにこれっ!?
「早く早く、ここ通って!」
びっくりして固まっていると、一人がわたしに向かって手招きする。
入口付近では、二人組になったクラスメイトたちがわっかで道を作っていて、わたしはその中を通る。
最後まで来たところで、黒板に書かれた文字に気が付く。
『おうせゆい サプライズお別れ会』……?
って、みんながわたしにサプライズしてくれたってこと!?
「ゆーいっ!!」
「わあっ!」
わたしはがばっと友達に抱き着かれる。
「どう? びっくりしたっ?」
「うん!! ありがとう!」
すると、教室中に拍手が巻き起こる。
まさか、こんなことをしてもらえるなんて……!
って、あれ? わたし、転校するって言ってないよね?
「もう夢生、何にも言ってくれないんだから~」
「俺ら全員で5年2組だろ!」
近くにいた先生と目があえば、ぱちりとウインクが飛んできた。
どうやら、先生が転校のことをみんなに話したみたい。
わたし、転校のことを伝えたいって言ってないのに……分かっちゃうなんて、さすが担任の先生だ。
「さ、今日は一日遊ぶよ! 全員がそろわないお別れ会なんて、やっても意味ないし。だからこれは、夢生のでもあり、みんなのお別れ会でもあるから」
「……うん。ありがとう!」
わたしが気を使わないように、言ってくれたんだって分かった。それがうれしい。
「よし、じゃあまずは校庭で2時間ケイドロな!」
「に、2時間っ!?」
いくらなんでも長すぎでは!?
「あたしたち、頑張ってプログラム考えたんだからね夢生!」
「そ〜だよ! ケイドロとフルーツバスケットやって給食までにお腹空かすんだから!!」
「わっ、待ってよ~!」
手を引っ張られながら、わたしたちは教室を出ていく。
窓から見える空は、雲一つなく晴れ渡っていた。
全てのプログラムが終わって、一日中遊んだわたしたちは疲れ切っていた。だけど、それさえも心地よくて、本当にこのクラスでよかったなって思う。
「夢生! 学校変わってもまたあたしたちと遊んでよね!」
「もちろんだよ~!」
クラスで集合写真を取った後、みんなでわいわいと盛り上がっていた。
わたしだけじゃなくて、一か月後にはみんなもお別れなんだよね。
4年と少し、長い人生にして考えてみればすごく短いかもしれないけど、とってもかけがえのない時間だ。
「夢生ちゃん」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには芭由ちゃんが立っていた。
何かの話かと思いみんなからは離れ、端っこのほうに移動する。
芭由ちゃんは少し視線をそらしたあと、にっこりとわたしを見て笑った。
「私、夢生ちゃんにお礼を言いたいんだ」
「お礼?」
夢を改変したこと……は置いておいて、それ以外になにかあったっけ?
と思っていると。
「信じられない話かもしれないけど……。私、一週間くらいまで悪い夢を見ることに悩んでたんだ。だけど、ある日ぱったりなくなったの。そのとき見た夢にね、夢生ちゃんが出てきて……。なんとなくだけど、私を悪夢から救ってくれた気がしたんだ。だから、ありがとう。……なんて、ごめんね、こんなあいまいな理由でお礼なんて」
「ううん。ありがとう!」
芭由ちゃんの言葉がうれしくて、わたしの心はふわっと暖かくなる。
あの日から、芭由ちゃんはあの子たちと一緒に過ごすようなことはなくなった。だけど、前よりもずっと楽しそうだ。
それに一番は、芭由ちゃんが悪夢から解放されてよかったってこと。
……だけど、ほんとは記憶に残らないはずなのに予想外のことが起きていて、わたしはびっくりしている。これはあとで、紀月くんに聞かねば。
「……あ、そうだ。あとね」
「なに?」
思い出したように芭由ちゃんが軽く人差し指を立てる。
「なんだか夢の中の夢生ちゃん、ふしぎな格好をしていたような……」
—―げっ。
バレちゃうかと思ったけど、「気のせいか〜」と言っていたので大丈夫だと思う。
メイド姿なんて、クラスメイトには見せられない……。
「二人とも何の話してんの~?」
「ううん、大丈夫! どうしたの?」
芭由ちゃんは触れられたくないだろうと思い、わたしはとっさにごまかした。
いや、触れられたらまずいのはわたしもだけど。
「男子たちが、5時まで近くの大きい公園でおにごっこやるってよ。二次会だ~とか叫んでさっき走ってった」
「ほんと!? よっし、わたしも参加する! みんなも、芭由ちゃんもよかったら一緒に行こうっ!!」
ランドセルをしょいながらわたしは笑った。
みんなで階段を駆け降りて急いで靴を履き替え、わたしは今日で最後の上履きを袋に入れる。
校舎を出ると、ほとんど散ってしまった桜の木が新しい葉をつけて風に吹かれていた。
走りながら、なんとなく後ろを振り返る。
私は今日で、みんなはあと一か月でお別れの校舎。今までたくさんの楽しいことがあった。
だけど、これからだって負けないくらいたくさんの楽しいことが待ってる。
「ゆーいちゃーんっ!!」
「ゆーいーっ!!」
少しスピードを落としたからか、みんなから離れてしまったようだ。
「はーいっ!!」
足が遅くたって構わない。わたしは、夕日の輝く校庭の下、思いっきり返事をした。
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