第7話 流れ星と契約書

 広いようで狭いような空間。

 ぱちぱちと、わたしは瞬きをした。


「って、な、なにここっ!?」


 わたしはがばっと起き上がる。足元はコンクリートだけど、あきらかに地上ではない。だって空があんなにも近くみえるなんておかしいもん。

 こ、こわ!!


「目が覚めたか」


 するとすぐ隣で紀月様が片膝を立てて座っていたことに気が付いた。


「うん……わたしたち、まだ夢の中なの?」

「いいや。俺たちは現実世界に戻ってきた」


 冷たい夜風が吹き、髪がなびく。

 ……じゃあ、わたしたちは無事、芭由ちゃんの夢を改変できたんだ。

 悪い夢からいい夢に、変えられたんだ。


「じゃあここはどこ?ベランダ、にしては広すぎるような」

「ここは俺の部屋のベランダだ。合ってる。召喚の力のコントロールは俺たちにはまだ難しいからな」

「へえ、なるほど~」


 わたしは返事をして立ち上がり、ベランダの端まで走る。

 見上げると空にはもう、あの黒い影はなかった。

 代わりに、影で見えなかったきれいな星空が広がっている。


「すっごいきれい!紀月様も見えるっ?」

「見えるから。そんなにはしゃがなくてもいいだろ」


 紀月様はそう言いながらも、笑っていた。


「そういえばお前、右手になにか持ってるだろ」

「え?」


 わたしは確かめるように握っていた右手を開く。

 するとそこには、キラキラ輝くピンク色の宝石があった。

 い、いつのまに!?


「それは夢のかけら、ドリームジュエリーだな。夢を改変し影を浄化したときに現れる石だ」

「そうなんだ。ふしぎ~」


 手のひらでころころと転がすと、さらにきらきらと光ってきれいだ。

 すると紀月様は呪文を唱えて魔法陣を出す。


「え、なになにっ? というか、夢の中に入っちゃったりしないの?」

「俺たちの力じゃ基本的に影の発生した悪夢にしか入れないから大丈夫だ。魔法陣の真ん中に、石を置いてくれ」


 わたしが紀月様の言われた通りにすると、とたんに石はさらさらと砂のようになってすぐに消えてしまった。


「あの石を流れ星として夜空に流すんだ。これが、夢を改変した後の仕事になる」

「じゃあ、もしかしたら今、流れ星になってるかもってこと?」

「すぐかどうかは知らないけど、いつかはまあ、そうだな」


 紀月様の足元から魔法陣が消え、辺りは元通りに暗くなる。

 そしたら急に、なにを思ったのか紀月様は少しだけうつむいた。


「どうしたの?」


 具合でも悪くなったのかと心配になって顔を覗き込もうとすると、これまた急に顔を上げた。


「……なあ」

「え?」


 なんだか真剣な顔で、びっくりする。

 わたし、なにかしちゃったかな?


「今日、お前と夢を改変して改めて思った」

「え、なにを?」


 紀月様は息を吸って、言葉を続けた。



「—――俺にはやっぱり、お前が必要なんだ。だから、俺とバディになってくれないか」



 ……え?



「……バディって、あの、二人組のやつだよね?」

「……ああ」


 確認するように訊くと、紀月様は戸惑ったようにうなずく。


「じゃあもうわたしたち、バディだよ!」

「……は?」

「だって、わたし紀月様のことよく知らないけど、こんなに一緒に頑張れたんだもん!もう顔見知りとかじゃないよね?」


 わたしがそう言うと、紀月様は少し目を見開いた。


「まあ、そうかもしれないけどな。バディにはちゃんと契約書があるんだ。持ってくるから待ってろ」


 そして部屋の中から持ってきたのは、金色の箔で縁取られた一枚の紙。

 1番上には『ドリーマーバディ契約書』と書かれていた。


「ここに二人の名前を書けば、俺たちはバディになれる。一緒に、夢を改変するんだ。……やってくれるか」


 私はその言葉に、思いっきり首を縦に振った。


「うん、もちろんだよっ!頑張ろうね!」


「そうか、ありがとう。――夢生」



 紀月様は優しく笑う。

 ……あれ、今、もしかして。


「紀月様、わたしのこと“夢生”って呼んでくれたっ!?」

「……だからなんだよ」


 紀月様は眉をひそめてうっとうしそうに言った。


「だって、今までずっと“逢瀬夢生”とか“お前”とかだけだったのに!なんだかほんとにバディになったみたいでうれしい!」


 わたしは気持ちが高まってぴょんと跳ねる。


「サインしないと正式なバディじゃないからな」

「分かってるよ紀月様!」


「じゃあ夢生も、その“紀月様”っての止めろよ。これからバディになるんだ。同じ立場じゃなかったとしても、俺は夢生と対等に接したい」



 そう言ってわたしを見る瞳は、真剣なようでどこか寂しそうな気もした。


「分かった。なら、紀月くんって呼ぶことにする!それでいい?」

「まあ、いいんじゃないか」

「そしたら、さっそくその契約書にサインしようよ!」


 わたしたちは部屋へ向かってベランダへ歩く。


「てか帰らなくていいのかよ、もういい時間だろ」

「あ、たしかに!土日は仕事がないから、来週サインするね!」

「分かったから、さっさと入って着替えてこい」


 話しながら、わたしは紀月様――改め紀月くんと、ちょっとだけ仲良くなれた気がした。

 まだまだ知らないことはたくさんあるけど、これから知っていけばいいよね。


 夜空では、星がきらりと流れていた。

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