第6話 ドリームチェンジャー、初仕事!

 紀月様は戸惑ったように、だけど力強くうなずいてくれた。

 ……と、思ったら。


「ここじゃだめだ」

「えっ、ちょっとまってよ~っ!」


 とつぜん紀月様が再び中へ向かって走り出し、私はそれを必死に追いかける。

 廊下をぬけ、入ったのは使用人棟。

 えっ、なっ、なんでっ!?

 一番奥の突き当りを紀月様は曲がる。


「あっ、いた! やっと追いついたよ~!」


 そのすぐ近くで紀月様は右手を見つめて立っていた。

 乱れた呼吸ををすうはあと整える。


「今から夢の中へ入る」

「ゆっ、夢の中へ?」


「ああ。右手の魔法陣の一番外側の線をなぞるんだ。そして—――」

「—―—分かった!」


 紀月様はまゆをきりっとさせ、こちらを見てうなずいた。

 わたしはもう一度呼吸を整えてから二人で顔を見合わせ、魔法陣を左手の人差し指でなぞった。

 そして息を思いっきり吸う。



「レーヴ・リベレ!!」



 声が重なると同時に足元に現れた大きな魔法陣へ右手をかざす。

 ぶわっと下から風が来て、バタバタと音を立てて服がはためいた。

 髪が乱れ、意識が薄くなったとき。

 わたしたちは白い光に包まれた。




「……きろ! おい、起きろ!」


 誰かがわたしの身体を揺らし、意識が戻ってくる。


「ん、ん~」


 ごしごしと目をこすりゆっくりと重いまぶたを開けると、アップで顔が飛び込んできた。

 切れ長の瞳がこちらを見つめてくる。


「うわっ、き、紀月様っ!? てか、ここどこ!?」


 立ち上がりながら左右をきょろきょろする。

 見たことのある景色。ここは……。



「が、学校っ!?」



 まぎれもなくそこはわたしの通う小学校だった。な、なんで?だってわたし、夢の中に入ったはずなのに、いつのまにか瞬間移動したの?



 ドドド……!



 すると、遠くから大きな足音が近づいているような音が聞こえた。


「おいっ、あれを見ろ!」


 紀月様が後ろを指差し、そっちへ振り向くと……。



「なっ、なにあれーっ!!!」



 なんと、足の生えた大量の花がこっちに迫ってきていた!

 しかもなんか、手っぽいのも生えてるしっ!!


「あれに追いつかれたら終わりだ、逃げるぞ!」

「あっ待ってよ置いてかないでーっ!!」


 わたしはいままでの人生で一番の速さで足を動かす。

“終わり”ってどういう意味なのか分からないけど、とにかく危ないってことだけは分かるっ!


 ちらりと後ろを見ると、やっぱり追いかけてきていた。それになんか、さっきより距離が近づいてきてる!


「振り向くな!走ることに集中しろ!」

「そ、そんなこと言ったって~!」


 心臓がどきどきと高鳴る。足にはだんだんと疲労がたまって苦しくなっていく。

 いつまで走り続ければいいのーーっ!

 —―それに、この学校なんだかいつもと違う。

 どれだけ走っても階の端にたどり着かないっ!

 しかも並ぶ教室はどこも中が暗くて……あきらかにおかしい!


「大丈夫かっ!?」

「も、もうむり~!」


 少し前を走る紀月様へ向かってなげく。


「あそこの教室に入るぞ! あと少しだ!」


 紀月様が指差したのは、中の明るい光の漏れた教室だった。


「分かりました~! 頑張りますうーっ!」


 ヤケになって叫びながら顔に流れる汗を必死になって拭う。

 あそこまで、あそこまで走る—―っ!

 残った体力全部を出し切ってわたしは“教室”を目指す。


 だんだんと近づいてきてるけど、同時に後ろの足音も近づいてきている。

 紀月様はいつのまにかもうずっと前を走っていて、例の教室に着いて扉を開けた。



「早く!」

「なっ、もっ、う~っ!」


 口から変な日本語が出てくる。

 もう足が限界だ。

 でも、ここで“終わる”わけにはいかないっ!

 わたしは最後の力をふり絞ってうでを振る。

 もう、足がどうなってもいいよ!


「おい、つかまれっ!」


 紀月様が手を伸ばしてくる。

 わたしも必死にうでを伸ばし、迷わずその手を取った。

 やったっ!

 繋いだ瞬間強い力で引っ張られ、教室に放り込まれる。

 わたしはその勢いで軽くジャンプし、教卓の上に乗った。

 紀月様によって強く教室のドアが閉じられる。


 そのあとすぐに、ドドドドドッとすごい音を立てて奇妙な姿の謎植物集団はろうかを去っていった。

 どれだけ吸っても酸素が足りなくて、頭が少しくらくらする。

 紀月様も肩で息をしていた。


「なっ、なんだったのあれ……」


 呼吸が少し落ち着いてきてから、わたしはぽつりとつぶやく。

 すると、紀月様が答えてくれた。


「あれは、夢のあるじの黒い感情が形になったものだな。もちろん現実の生き物じゃない」

「黒い感情が、形になったもの……」


 ということはつまり、夢の主の悪夢の原因は植物が関係してるってこと?

 う~ん、よくわからない……。


「……てか、お前」

「え、どうしたの?」


 紀月様がこっちに近づいてきて、わたしを見上げる。


「なんでそんなところにいるんだ。危ないだろ」

「え?ああ、なんかジャンプしたらたまたま乗っちゃって。危ないよね、降りるよ」


 わたしはメイド服のスカートに気を付けながら座り、ぴょんっと飛び降りる。


「うっいった~い!」


 そしたらビリッと激痛が走り、しゃがんで足首をおさえる。


「なにしてるんだ」

「だ、だって~!」


 ちょっと涙目になりながら顔を上げると、ちょっと笑っている紀月様と目があった。

 その笑顔に、わたしはどきっとしてしまう。

 ……き、気のせいか。


「大丈夫かよ」

「大丈夫! たぶん!」


 立ち上がると、目の前の紀月様はすぐに真剣な顔になった。

 そして、教室の外を見る。

 ろうかじゃなくて、窓のほうだ。

 真っ暗闇で、何も見えない。


「……なにか、心当たりはあるか」


 一見何の変哲もない電気のついた教室を見回して、そう言った。


「こころ、あたり?」

「ああ。ここ、お前の通ってる学校なんだろ」

「えっそうだよ。よくわかったね!」

「あの生き物から逃げる前、“学校”って叫んでたろ。だから、そうかと思って」


 なんという推理力。すごい。


「で、それと“心当たり”って何が関係してるの?」

「舞台は学校。……つまり、夢の主はこの学校の生徒である可能性が非常に高い」

「おお、なるほど」


 わたしはあごに軽く手をやりながらうなずく。

 そしてなんとなく教室を見渡した。


「……ん?あれ、もしかして」

「どうした」


 まさか、と思って黒板を見ると……。

 日直の欄には、わたしのクラスメイトの名前が書かれていた。


「やっぱり! ここ、わたしの教室だ!」

「え、ほんとうか」

「うん、間違いないよ! だけど、夢の主が誰なのかまでは分からないなあ」

「いや、そこまで分かれば十分だ。あとは普段と様子の違う場所とか、ないか?」

「様子の違う、場所……」


 紀月様に聞かれ、わたしはもう一度教室を見渡した。

 机、いす、黒板、後ろのロッカー、教科書の入った棚……。見れば見るほど、いつもと変わらないような気がしてくる。

 違うのはやっぱり、外の景色だけ。


 わたしは試しに、自分の席へ行ってみた。

 窓際の、前から三番目。

 いつものようにしてみれば、なにかわかるかも。

 そして、自分の席へ座ろうとしたとき。



「あっ!!」



 わたしはまっすぐ前を指差した。

 そしてその“場所”へ走る。

 目の前で止まると、後から紀月様がやってきた。


 —―いつもと違う場所。

 教室の前、一番端。

 そこには、背の低い棚の上に花瓶にさしてある花が飾ってある。でも、なんだか花は変な形をしていたんだ。


「これは、食虫植物か」

「えっ、なにそれ?」

「虫とかを食べる、食肉などとも言われる植物だな」


 花――ではなく、植物?

 なんだかカスタネットみたいな形でとげを生やしたのと、細い入れ物みたいなのが二つずつ飾ってある。お世辞にも、かわいいとは言えないかなあ。


「……これが、いつもと違うんだな」


 紀月様は確認するようにこっちを見た。

 わたしはその言葉にうなずく。


「うん。いつもはかわいいお花なんだ。こんなかたちの植物が飾られているのは、見たことないよ」

「……分かった。じゃあ少し、離れていてくれ」


 わたしは言われた通りにした。

 紀月様は黒板の横にある大きな定規を持ってきて、剣のように持つ。

 そして、花瓶へ振りかざした。


「きゃあっ—――」


 反射的に声が出て、目を閉じる。

 とたん、耳元でバリーンッとガラスの割れる音が響いた。

 目を開けると、教室がぐにゃりとゆがんでいるのがわかる。

 その場にしゃがんで、もう一度ぎゅっと目をつむった。

 な、何が起こってるの?

 身体が傾く感覚。そして、ジェットコースターに乗ったときのような胃の浮く感じがした。


 しばらくすると安定してきて、わたしはゆっくりと目を開けた。

 床はさっきと違い真っ黒で、深い闇のよう。

 教室ではなさそうだ。

 そう思って立ち上がって飛び込んできた光景に、わたしはびっくりした。



「芭由、ちゃん……?」



 ずっと先のほうでひとりぽつんと学校のいすに座ってうつむいている芭由ちゃんがいた。

 ……もしかして、この夢の主は芭由ちゃんなの?

 人の気配がして振り向くと、横に紀月様がやってきていた。


「クラスメイトの芭由ちゃん。あまり活発な子じゃないんだけど、優しくて、ふんわりした雰囲気の女の子なんだ。……あ、それで……」


 説明するようにそう言いかけたとき、闇の中から人が数人現れた。

 —――あれは、芭由ちゃんと仲のいいクラスメイトたち。

 いつもみんな仲が良くて、お昼も一緒に食べている。


 そこまで考えて、何かが引っかかった。

 ……あれ、今日のお昼、芭由ちゃん、ひとりだったよね。なんで……。

 と思ったら、芭由ちゃん以外の子たちが話を始めた。



「花が好きなのは知ってたけどさ、虫まで簡単に触るんだもん。きもちわるーい」

「手が汚れるのとか嫌だと思わないわけ?変わってるよね」

「というかもともと、芭由とは話し合わないなって思ってたよね、うちら」

「そうそう。芭由ってファッションとかの話振っても反応薄いし」

「だよね~」



 ……なんであのとき、気が付かなかったんだろう。

 あはははは、と高笑いを上げるクラスメイトたちに、わたしはお腹の底から怒りがこみ上げてきた。

 それに、今まで気が付かなかった自分にも悔しさがつのる。


「紀月様」

「……なんだ」


 そう答えた声は、さっきよりも低かった。


「夢を、改変するんだよね?」

「ああ」

「どうやったら、改変できるの?」

「……夢の主にとっての“いい夢”にするんだ。つまり、夢の主自身の“心”を変える」


“心”を、変える……。


「分かった、やってみるね。ここで待ってて」


 紀月様がうなずいたのを確認し、私は芭由ちゃんへ向かって歩き出す。

 そして目の前までくると、クラスメイトたちがわたしのほうを見た。


「なによあんた」

「……芭由ちゃんに、用があるんだ」


 たぶんここは芭由ちゃんの夢の中だから、クラスメイトたちにはわたしの存在が分からないんだ。

 あくまでここでのクラスメイトたちは“芭由ちゃんと関わりの持った”クラスメイト。


「芭由ちゃん」


 近くにしゃがんで話しかけると、芭由ちゃんがこっちを向いた。


「ごめん、わたしクラスメイトなのに気付かなかった。芭由ちゃんが一人だってことに」

「……うん」


 芭由ちゃんは、きっとわたしを“わたし”だと認識していない。それは夢の中だから。

 だけど、夢の中なら、なんだってできる。

 わたしは頭の中で、あるものをイメージする。


 すると暗闇の空からゆっくりと降ってきて、わたしはそれをキャッチする。

 手元の花瓶に飾られた花は、数本のカラフルなガーベラだ。


「……これ、いつも芭由ちゃんが飾ってくれてたんだよね。わたしは花のことはくわしくないんだけど……でも、いつもすごくかわいくてきれいだなって思ってた。誰かが優しく手入れをしないとこうはならない。わたしが言うのも変かもしれないけど、ありがとう」


 わたしは息を吸って、さらに言葉を続けた。



「……だから、自分の好きなものに、自信を持ってほしいな。芭由ちゃん」



 わたしが真っ直ぐ見つめた芭由ちゃんの瞳から、花の形をしたビーズのようなものがこぼれ落ちる。


 そしてそこから眩しい光が溢れ出した。

 光は瞬く間に闇を切り裂き、空間を白く染める。



 ―――光が止んだ先には、辺り一面にきれいなお花畑が広がっていた。

 そして向こうのほうでは、クラスメイトたちと芭由ちゃんが楽しそうにおしゃべりしていた。


「ねえ芭由!これはなんて名前の花なの?」


 一人が芭由ちゃんへ白い一輪の花を見せる。

 すると芭由ちゃんはうれしそうににこっと笑った。


「これはね、ライラックっていう花だよ。花言葉はね……」



 ―――友情。



 誰かに肩を叩かれて、それが紀月様だと気づいた瞬間、私の意識は途切れた。

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