第5話 迫る黒い影

「はあ……」


 わたしはため息をつきながら通学路を歩いていた。

 朝起きて、全部夢だったらいいのに—――と思ったけど、朝日の光る快晴の空には、不自然にあの真っ黒な塊が浮かんでいた。


 わたしは本当に、“ドリームチェンジャー”とやらになってしまったようだ。

 その事実にまだわたしは混乱している。

 だって、あんまりにも話がファンタジーすぎない?

 ここはアニメや本の世界じゃないんだよ。魔法なんてない、代わりにあるのは発展した科学技術の現実世界。


 わたしはもう一度ため息をつき、重い足取りで学校へ向かった。




「夢生おっはー」

「夢生ちゃんおはよ~」

「おはよ~!」


 教室に着くなりあいさつをされたので、わたしは元気を取りつくろって返す。

 心配させちゃ悪いしね。それに、元気がないのはわたしっぽくないし!


 窓際にある自分の席についてランドセルの中身を机の中へ移す。

 そういえば、クラスのみんなにはわたしがメイドとして天根家で働いていることは言っていない。

 特に聞かれてもいないし、わざわざ言う程の事でもないなあと。

 まあ、問い詰められたら言うかな!って感じだ。


 それよりも今は、紀月様の話のほうが気になる。

 気になるっていうか、う〜ん、よくわかんないけど、とりあえずいろいろ頭の中を整理しなくちゃならない。

 窓の外を見ると、あいかわらず黒い塊は空のまんなかでその存在感を放っている。


「ゆ〜いっ! 外なんて見て、どーしたのっ?」


 友達の一人が長い髪を揺らしてわたしの肩をポンッと叩いた。


「あ、ううん別に。めっちゃ晴れてるな~って思って!」


 その言葉で我に返ったわたしは、とっさにうそをつく。


「たしかにすごい天気いいよね!」


 そう言って窓を開け、そのままベランダに出た。

 わたしは後ろを追いかける。

 手すりのほうまで来たわたしたちは、二人で見上げた。

 ……そして、友達は上を指差して。



「雲一つない青空だねっ!」



 にこっと、満面の笑みを浮かべた。

 雲一つない青空—――。

 わたしの瞳に映る景色は、そんなんじゃない。


 あの黒い塊は、やっぱり他の人には見えない。


“ドリームチェンジャー”であるわたしにしか、視えないんだ。




 ……協力って、言われても、なあ。

 もんもんと授業中もそのことばかり考えていたら、あっという間に給食の時間になってしまった。

 中休みのドロケイでも考え事してたら転んじゃったし……。もう、全部、あの紀月様のせいだ〜っ!



「おい夢生、ご飯盛りすぎだってバカ!」


「えっ?」


 手元を見ると、お茶わんにはエベレストくらい大きな山のようなこんもりご飯が盛られていた。

 いっ、いつのまにっ!?

 同じく給食のご飯係の男子が、隣で呆れたような顔をしていた。


「ごっ、ごめ~んっ!」


 わたしは半分くらいのお米を次のお茶わんに移して、二つとも同時におぼんに乗せる。


「ったく、大丈夫かよお前」

「あっはは~、ごめんごめん!」


 次の人が来て、今度はちゃんと普通の量を盛って配膳した。

 ぼ〜っとしちゃってた……! ちゃんと当番しなきゃ。



 配膳が終わり、みんながガタガタと好きなように机を移動していく。

 毎週金曜日は、自由席で給食を食べていい日なんだ。


「夢生~なにしてんのーこっちこっちー!」

「は〜い! 待ってってば~」


 ざわざわと席移動が行われる中、わたしは呼ばれたほうへ移動する。

 そのとき、教室のすみっこでぽつんと座っている背中が目に入った。

 もしかして……一人、なのかな?

 机を移動してから、一言言ってその場を離れる。



芭由はゆちゃんっ!」


 近くに行って名前を呼ぶと、その子—―—待田芭由まちだはゆちゃんは顔を上げた。


「ゆ、夢生ちゃん……」


「もしよかったら、わたしたちと一緒にお昼食べようよ!」



 笑って誘えば、芭由ちゃんは少し迷った様子で視線を泳がせたあと、こくりと小さくうなずいた。


「みんな~、芭由ちゃんも一緒にいい~?」

「いいよ~!」

「もちろんっ」

「二人とも早く来なよ~!」


 みんな歓迎したように声をかけてくれる。


「あ、ありがとう」

「ううん!ごはんは、人数の分だけさらにおいしくなるもんねっ!」


 わたしは笑って、運ぶのを手伝おうと給食の乗ったおぼんを持ち上げる。

 そのとき、どこからか鋭い視線を感じた気がした。

 なんだろう、そう思いきょろきょろするけど、誰とも目は合わない。

 気のせい……かな?


「逢瀬さん、待田さん、移動するなら早く移動しなさい」


 先生がそう言い周りを見渡すと、いつの間にかもうほとんどの人が席についていた。


「わっ、ごめんなさい!」


 芭由ちゃんの席はちょうど空いていたわたしの隣に設置し、慌てていすに座ったんだ。




 そして放課後。一人で歩きながら上履き袋をフリフリと前後に振りながら思う。

 今日も仕事があるけど、正直一日中考えても答えはまとまらなかったから、紀月様にはできれば会いたくない。

 だけど今日は金曜日だから、いつもより2、3時間長く働くことになってるんだ。だいたい、9時〜10時くらいまで。

 昨日より会う確率高くなってるよ〜っ!


 それにもし、昨日みたいにあんなところまで会いにきて誰かにバレたら……。

 わたし、メイドクビになるかもしれない……っ!

 そ、それだけは絶対に避けたい!


 歩いているといつのまにか天根家に着いていた。

 あ、ぼーっとしてたら正門に来てしまった。

 実は、使用人は裏門から入るように夜見さんに言われたんだよね。

 ちょっと遠いけど裏に回ろう。

 そう思い再び歩きだろうとしたとき、びゅーんと横を車が通った。


 あっ、あれは……っ!


 車は天根家の正門の前で止まる。

 ……たしか、ちょうどあの手紙が届いた日に見た、長くてピカピカの黒い車。

 あれ、天根家のだったんだ!


 ってことはもしかして、あの車には紀月様が乗っているのではっ!?

 今顔を合わせたらまずいことになるよね!?

 わたしがあわあわとしていると、車の中から夜見さんではない見たことない執事さんがでてきて、長いドアを開けた。


 そして、車から降りてきたのは……。



「到着いたしました。響星きょうせい様」



 ……きょ、きょうせいさま?

 紀月様ではない、大人びた雰囲気のかっこいい男の子だった。

 着ているのは……中学の制服?

 紺色のブレザーに灰色のズボン。あきらかに小学生ではない。


 あっ、というか、こんなところで立ち止まってる場合じゃない!

 早くしないと遅刻する!

 きょうせいさま……と呼ばれた人のことは気になるけど、まあ紀月様の親戚とかそのあたりだろう。


 わたしは早歩きでその場を去った。




 二日目の仕事も順調に進み、終わったのは9時過ぎのことだった。

 今日も指がふやけまくったけど働いたって感じがしてうれしいんだ。

 まあこのメイド服の恥ずかしさがなければ、もっといいんだけどね。


 だけど、指を見ると自然にあの手の平に描かれた魔法陣も目に入ってしまう。

 今日だってあんなに水や泡に触れていたのに、全く取れる気配もなかった。

 ……わたし、どうしたらいいんだろ。


 部屋に戻って着替えようとエレベーターに乗り、一階のボタンを押す。

 すぐにエレベーターは止まって扉が開き、右手を握ったり開いたりしながら出た。

 ちゃんと前を見ていればよかった。


 だんっと、すごい勢いで誰かとぶつかってしまったのだ。


 おでことおでこがぶつかってとんでもない音が廊下に響く。



「う~、ごめんなさい……」


「こっちこそ、ごめん」


 さすりながら目を開けると。


「あっ……」

「……逢瀬夢生」


 今一番会わないほうがいい相手がそこにいた。

 だけど、昨日と様子が違う。

 前髪からのぞく額には、汗が流れていた。

 それになんだか、焦っている。


「あ、あの」

「……反省してる」

「え?」


 紀月様がわたしの言葉をさえぎってそう言った。

 反省してるって……。

 紀月様は気まずそうに少しだけ視線をそらす。



「昨日は強引すぎた。出会って間もないのに、いきなり話を進めすぎた。だから、ごめん」


 誰もいない廊下で、紀月様はわたしに向かって頭を下げてきた。

 えっ、えっと……。

 とつぜんの謝罪にわたしはとまどう。

 紀月様は顔をあげ、今度はわたしのほうをまっすぐ見た。


「昨日の話は全て聞かなかったことにしてくれていい。……その証は消えないかもしれないが、影の浄化は俺が一人で何とかするから」


「えっ……で、でも、“仕事は必ず全う”しなきゃいけないんじゃ……っ!」

「それは俺がなんとか話をつけてみる。だから、何も心配しなくていい」


 それだけ言うと、紀月様は大理石のろうかを駆け出した。

 だ、誰に話をつけるのっ!?


「あーもう、よくわかんないよーっ!」


 わたしはヤケになって紀月様を追いかけるように走り出す。

 だけど運動が苦手なわたしから紀月様の背中は遠くなるばかり。それにこのメイド服のヒール、走りにくいっ!

 なんとか追いついたのは、正面玄関を出たところだった。


「はあっはあっ、どうしたの……っ」


 隣に立つ紀月様は、空を見上げていた。

 まさか—―と思い、わたしも同じように見上げる。



「っ—――!」



 わたしはおどろいて言葉も出なかった。

 暗くてもわかる。黒い塊は昼間よりも大きくなっていて、浮かんでいる場所は低くなっている気がした。


 ……影。あんなものが落ちてしまったら、どうなるのかな。

 被害にあった人は、大切な人を失って、悲しんで。きっと帰る家もなくなってしまう。

 それに、あの夢を見ている人は、一生、苦しんだままなんだ。


 —―そんなの、わたしは、いやだよ。



「……まずい。このままじゃ……」


「ねえ、紀月様」


「っ、お前」



 視線を下ろすと、紀月様と目が合った。


 何が待ってるかわからない。だけど、わたしにしかできないのなら。紀月様が、わたしを必要としてくれているのなら。


 そして、街を、みんなを守れるのなら。



「……わたし、行くよ!」


 もう一度空を見上げれば、塊の隙間からきらきらと輝く満天の星々が観えた。

 ぎゅっと、右手を握りしめる。



「—――ドリームチェンジャーとして、夢を改変しに!」

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