第4話 わたしの本当の仕事

「ど、どりーむちゃれんじゃーってな—―わあっ!」


 ぐっと無意識にドアノブに手を置いた瞬間、案の定ドアが開いてわたしは後ろへかたむく。


 どーんっ!


「いったあ~い!」


 踏ん張ることもできずにそのまましりもちをついた。


「“チャレンジャー”じゃなくて“チェンジャー”だ。全然意味が違うだろ」


 そんなわたしを心配することもなく、紀月様は腕を組んでこちらを見下ろしてくる。

 ちょ、ちょっとくらいは心配してくれてもいいのでは〜。

 ……あれ、というか今、重要なことを言わなかった?


「い、いまのセリフもう一回言ってくれないっ?」


 おしりをさすりながら立ち上がり、わたしはお願いする。

 紀月様は呆れた様子で言った。


「……“チャレンジャー”じゃなくて、“チェン……」

「そこじゃなくて、もう1個前のやつ!」


「……お前の本当の仕事はメイドじゃない」

「そう!そこっ!」


 わたしはぴしっと人差し指を立てる。


「わたしの本当の仕事がメイドじゃないってどういうこと?」

「そのままだ。メイドはあくまで表向きの仕事であり、逢瀬夢生の本当の仕事は別にある」


 そ、そんなこと言われても……。すぐには理解できない。

 だってわたし、メイドとしてここにきたんだよね?あの手紙にだってたしか、「天根家の使用人として採用」って書いてあったし。


「め、メイドの話は、嘘だったってこと……?」


 がくっとわたしはショックでくずれ落ちる。

 あんなに頑張ろうって意気込んでたのに、嘘だったなんて……受け入れられない。

 わたしはじっとピンクのカーペットを見つめた。


「い、いまさらそんなの……」

「いや別に、嘘だとは言ってないだろ」

「……え?」


 涙で少しだけにじんだ視界をクリアにするようにごしごしと目をこする。

 そして顔を上げると、腰に片手を当てる紀月様と視線がぶつかった。


「うちは人手が足りなかったらしいし、夜見もやる気のある人が来てくれたと報告してくれていた。だから別に、嘘じゃない」

「ほ、ほんと……?」


 わたしが聞くと、紀月様は少しだけ微笑んだ。


「ああ。だからほら、立ち上がれよ」


 そして、わたしに手を差し伸べてくれる。


「あ、ありがとう」


 お礼を言うと、ぐいっとひっぱられた。


「それで、なんだっけ? ドリームなんとかがうんたらかんたらみたいな話だったよね」

「お前、ちゃんと話聞いてたか?」

「聞いてたってば〜もう」


 わたしが反論すると、紀月様はドアを閉めながらはあ、と大きめのため息をついた。

 あれちょっと待って、なんだかんだ紀月様わたしの部屋に入ってない?

 というかいつのまにかに、打ち解けてきているような……。



「“ドリームチェンジャー”な。メイドが副業なら、こっちが本業。夢を改変する仕事だ」

「夢を改変って、それさっきも出てきたけど、いったいどういうこと?夢は、あの眠るときに見るやつのことだよね?」

「ああ。“夢”といっても見る内容は様々だ。たとえば大きく二つに分けると、いい夢と、悪い夢」



 それを聞いて、わたしは考えてみる。

 わたしにとっていい夢は、お菓子とかがいっぱい出てくるような夢かな。夢の中だけど、おいしいものがいっぱい食べられて幸せになるんだ〜。

 悪い夢は、やっぱりおばけとかに追いかけられたり、なにをしても歯が立たないくらい巨大な怪獣や虫に襲われたり、食べられたりする夢かも。そんな夢を見た夜には、お母さんによく抱き着いていたっけ。小さい頃の話だけどね。


「……で、それが、どうしたの?」

「いい夢ならいいが、悪い夢なら、見た次の日は少なくとも嫌な気分になったりするだろ」

「う~ん、たしかに」


 悪い夢を見ると、起きた朝は冷や汗をかいていたりするもんね。


「俺たちの仕事は、そういうのを防ぐこと。つまり悪い夢を、いい夢に変えるんだ」


 いつのまにか勝手にベッドに腰かけて足を組み始めた紀月様は、そう真剣そうに語った。

 わたしはなるほど、とうなずく。

 ……ん? でも、あれ?


「悪い夢を見たりするだけなら、別にいい……とはならないけど、わざわざ変えるまでもないんじゃない?」

「ああ、そうかもしれない。しかし、問題はここからなんだ」


 立ち上がった紀月様は窓際まで歩いていく。

 そして、外を指さした。


「あれを見てみろ」


 わたしは紀月様の近くまで行き、言われた通り窓の外をのぞいた。



「—―なっ、なにあれっ—――!」



 わたしはその光景に、ぎょっと目を見開く。

 オレンジ色の夕空にはなんと、黒く大きな塊のようなものが浮かんでいたのだ—――。

 紀月様は少し焦った口調で言った。


「—―あれは、悪い夢を見ると生まれる特別な黒い感情が集まったものだ。俺は影と呼んでいる」

「し、自然に消えるものなんだよね?」


 わたしはびっくりしながらもそうたずねると、紀月様は目を鋭くさせ窓の外を見つめた。


「夢に対する夢のあるじの黒い感情が消滅しなければ消えることはない。それに—―」

「そ、それに?」


 わたしは先が聞くのが怖くなってくる。

 紀月様は一呼吸おいて、続けた。



「特定の大きさまで大きくなると……街に落ちる」


 ま、街に落ちる—――!?

 —―それは、つまり。



「多大な被害を起こすことになるだろう。一部の街は影に潰され、多くの命が亡くなる可能性も否定できない」



 命が亡くなるって、死んじゃうってこと?

 そ、そんなの。

 ありえない、といいたいところだけど、あんなものを見せられてしまえばうそだとは言えなかった。



「話はし、信じる、けど……。でも、わたし今まであんなもの見たことないよ!?」

「それはお前がたった今さっき、“ドリームチェンジャー”になったからだ」


 紀月様はわたしのほうへ振り向き、バッと右手のひらを見せてくる。

 そこには12星座がモチーフの魔法陣が描かれていた。


「これはドリームチェンジャーである証だ。普通の人には見えないし、触れられてもなんてことはない。ただ、ドリームチェンジャーに選ばれた者だけが、見えなくともこの魔法陣に触れると契約をしたこととなる」


 け、契約って、そんな……。

 というか、いつ紀月様の手に。

 あっと、わたしは思い出す。

 つい数分前、わたしは紀月様の手を取った。あのとき、契約を結んだの……!?


 慌てて自分の右手を広げると、紀月様と同じ魔法陣が描かれていた。

 ごしごしこすっても取れない。


「こ、これっ、どうにかならないのっ?」

「ドリームチェンジャーに選ばれた者は、必ず仕事を全うしなればならない。選ばれた瞬間から30日後に契約を結ばなければ、夢の中を永遠とさまようことととなる」


 紀月様の目に映るわたしは、なんともいえないような表情をしていた。

 いやなわけじゃない。ただ、あまりにもとつぜんでとまどっているんだ。

 メイドになったかと思えば、夢を改変する“ドリームチェンジャー”だと言われ、そして今、わたしは逃げられない場所に立っている。



「俺は約20日前、夢でお告げを訊いたんだ。お前—――逢瀬夢生が、ドリームチェンジャーに選ばれたということを。……俺は守りたいんだ、この街を。だから、協力してくれないか」



 紀月様の声が、頭の中で反響する。

 —――わたしは、わたしは。


 結局紀月様の言葉に答えることはできず、わたしは部屋を出てしまった。

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