第2話 わたしがメイドっ!?

 そして次の日やってきた、天根家。


「うわ、おっきー……」


 思わずそう口からこぼれる。

 天根家の敷地は普通のお家5つ分くらいの大きさで、どっからどうみても豪邸。そして新品って感じですごくきれい。まるでリゾート地のホテルみたいだ。


 電話でいちおう今日の夕方訪ねることは伝えたけど、よくわかんない機械音声対応だったし、伝わってるかどうか。

 しかも学校帰りにきちゃったし。ランドセルのままってやっぱりまずかったかな?というか学校からすごい遠かったんだけど……。


「えーと、インターホンインターホン……と」


 いろいろ疑問に思いながら天根家の見た目へあっけにとられつつ、とりあえずわたしは背伸びをしてシックな見た目のインターホンを押した。

 しばらくすると、これまた大きな目の前の門がギギギ……と自動で左右へ開き始める。


「わあっ」


 わたしはびっくりして後ずさる。

 門はゆっくりと動き、開ききったのか途中で止まった。


「これは……入ってもいいってこと、かな?」


 敷地内に足を踏み入れると、後ろの門がまた音を立てて閉じていく。なんともハイテク。

 庭にはプールとか噴水とかとにかく一個一個が大規模って感じで圧巻。


「よし……ついた」


 門から玄関前までの距離がちょっと長めだったけど、景色がよくて全然飽きなかった。

 わたしはドアの前に立ち、一つ深呼吸をしてドアをノックする。

 コンコンコン。

 がちゃり、とこれまた自動で扉が開き始める。

 天根家は自動が好きなのかな?


 なんて思っていると、だんだん大きくなるドアの隙間から人影が姿を現した。

 教室の半分くらいはあるであろう広く白い大理石の玄関。

 その先にはアニメとかでよく見る執事の恰好をした、30代くらいの男の人が立っていた。

 ガタンと音を立てドアは動きを止める。



「ようこそお越しくださいました。逢瀬夢生さん」


 おそらく執事だと思われる人はわたしに向かって深々とおじぎをした。


「こ、こんにちはっ!」


 わたしも慌てて合わせるように頭を下げる。

 顔を上げると、男の人はにっこりとほほ笑んだ。


「まさかこんなに早く来ていただけるとは。ご挨拶が遅れました、わたくし、天根家専属執事の夜見よみと申します」

「えっと、逢瀬夢生です。よろしくお願いしますっ!」


 わたしはぴしっと姿勢を正す。


「そんなにかしこまらなくてもいいですよ。くわしいことはご案内しながらお話いたします」

「はいっ!わかりました」


 靴を脱いで端に寄せ、用意された高級そうなスリッパへ足を滑らせる。

 どうやら、手紙の内容は本当だったらしい。ひとまずは安心、といったところかな!

 わたしは執事—―夜見さんの後をついていく。


「本日こうして天根家を訪ねてくださったということは、書状に目を通してくださったのですよね」

「はい。もちろん!」


 しょじょう……というのは手紙のことだろうか。

 よくわかんないけど、返事をしておく。


「そうですか。ご理解いただいているなら話は早い。夢生さんは紀月きづき様より直々にご指名なされた方なのです」

「ご指名?」

「はい」


 わたしは夜見さんの“指名”という言葉に反応する。わたしが天根家の使用人になるよう決めた人がいるってことかな。

 それで“紀月様”って誰だろう。そんな名前の知り合いいたっけ?


 首をかしげていると、夜見さんの背中が止まった。

 周りを見渡すと……さっきよりも質素な雰囲気の場所で、お部屋がたくさん並んでいる。いや、それでもにじみ出る高級感は隠せていないけど。

 夜見さんはそのうちの一つを手のひらで指し示した。


「ここが、夢生さん専用のお部屋になります」

「部屋!?」


 わたしは思わず叫ぶ。

 働くのに部屋があるの!?しかもわたし専用の!?

 さ、さすが豪邸天根家……。


「クローゼットの中に制服がありますので、お召しになられたらわたくしをお呼びください」

「はい、分かりましたっ」


 わたしは少しだけ緊張しながらも、意を決して扉を開けた。

 とたんに、甘く爽やかな香りが鼻をつつく。

 ドアの先には、シンプルながらも整えられた一室があった。


「わあ~っ!」


 自分の部屋を持っていないわたしは、ドキドキと胸を高鳴らせる。

 扉を閉めて中に入って、最初に目に入ったのはかべに備え付けられたテーブル。

 勉強づくえってあこがれだったから、本物を目の前にすると興奮!

 ランドセルを床に置き、これまたあこがれのベッドに寝っ転がったりしていると、わたしはあることを思い出した。


 そうだっ、制服!

 慌てて起き上がり、クローゼットに駆け寄る。

 これだよね、たぶん。

 わたしは両手で取っ手を持ち同時に引く。


 そして、中から姿を見せたのは……。



「ん???なにこれ!?」


 わたしはハンガーからその“制服”とやらを取る。

 ふくらんだ黒い生地の半袖のふわっと広がるスカートのワンピース。に加えて、腰から肩部分にむけて大きなフリルのついた真っ白なエプロン。


 これって、どっからどう見ても……!

 というか、想像していたのと違うんだけどっ!使用人なんて言うから、私服にもっと質素なエプロンとかだと思ってたのに……!


 わたしは予想外の“制服”に驚きながらも、なんとか腕を通す。

 隣のハンガーにあったレース素材の短い白靴下も着用し、クローゼット内の床に置かれた低い黒パンプスを履く。

 最後にな、なにこれ……と思いながら、記憶をたどりながら見よう見まねでやたらフリルの多いカチューシャみたいなのを付けた。


 ぱんっとスカートのしわを伸ばし姿見の前に立つ。


「う、これは……!」


 現れた自分の姿に言葉が出ない。

 たしかに胸は高鳴る。ドキドキする……けど、困惑のほうが勝つよ!!

 それにちょっと恥ずかしい。こんな姿、お母さんや友達には絶対見せられない。

 赤くなる頬をぱたぱたと手を仰いで冷やしながら、わたしは「夜見さ~ん!」と叫んだ。


「はい。どうですか?天根家の制服は」


 そう扉の向こうから声がした。ノック音がしたあと夜見さんが部屋の中へ入ってくる。


「よくお似合いですよ、夢生さん」

「そ、そうですかね……っ!?」


 膝丈くらいのスカートの裾をぎゅっと握りしめた。

 まじまじ見られると、さらに恥ずかしくなってくる。


「うん、サイズもぴったりですね」

「あ、あの!」

「どうされましたか?」


 声をかけると、夜見さんは首をかしげた。


「このかっこうってやっぱり……」


 おそるおそるわたしは問う。

 すると夜見さんはにこっと笑い、さらりと告げた。



「—―はい。夢生さんには、メイドとして天根家で働いていただきます」



 や、やっぱりだーーっっ!!


 わたしは心の中で叫び声をあげた。

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