sweet 9 最強のなるち♡
日の沈み始めた夕方。
「もーかっこよかったっ! さいっこう!!」
ライブ前よりも高いテンションで、小夏ちゃんが言った。
でも正直、小夏ちゃんの気持ちはわかる。
会場を出た後の今も余韻がすごい。
目を閉じれば、さっきの景色が蘇るようだ。
「で、ももなは誰が好きなの?」
「え?」
好きって……ファンってこと?
「今日見て、誰がかっこよかったーとか、誰が好みだったーとか」
「え? うーん……」
そういわれてみれば……あんまり、誰がっていうのは意識してなかった。
みんな魅力的だし、特定の一人を好きだとは……なんて、失礼かもしれないけどっ!
「まああんたは、出会った時からずっと梨弦梨弦って言ってたもんね。この、ブラコンめがっ」
「わっ、ちょっと小夏ちゃ~んっ!」
とつぜんがばっと抱き着かれ、よろっとしながらもなんとか姿勢を保つ。
頭の中ではまだ、あの景色が映像のように流れていた。
♡――――♡――――♡――――♡――――♡
明日の日曜日からまた仕事再開ということで、夜ごろにシェアハウスへと戻ってきた。
この時間はみんな部屋にいるから、もしかしたら誰もいないかも。
と考えながらリビングへ入ると。
キッチンの近くに、人影が見えた。
そして私に気が付いたのか、その"人"がひょこっと姿を現す。
「ももなちゃん、やっほ~っ」
「あっ、成耶くん!」
出てきたのは、部屋着姿の成耶くんだった。
「成耶くん、今日はお疲れ様!」
「ありがとう! 類から聞いたよ、来てたって。おれたちのライブ、楽しんでくれた?」
「うん! 成耶くんたちってすごいんだねっ! すっかり魅了されちゃったよ!」
素直な感想を伝えると、成耶くんはニコッと笑う。
「じゃあ、そんなももなちゃんに……はい!」
そして、私に箱を差し出してきた。
淡いピンク色で、ケーキの箱……っぽい?
「ふふ、開けてみてっ」
言われた通り、私は箱の蓋を開いてみる。
すると、ふんわりと甘い香りがした。
箱の中を彩るのは、ピンク、黄色、茶色、緑。
これって、もしかして。
「マカロン! おれいつも、ライブ終わりに食べるんだ」
……マカロン……。
「え、もしかして嫌いだった?」
「あっ、ううん、そんなことないよ!」
ただ、ちょっと思い出しちゃったから……。
そしたら、成耶くんがふっと視線を落とした。
わっ、もしかして私が変な反応したからかなっ?
慌てて謝ろうとすれば、それを遮るように成耶くんは話し始めた。
「……いつもじゃないんだ。昔はマカロンなんてぜいたく品、食べられなかったから」
声が、広いリビングに響く。
……ぜいたく、ひん。
確かに、マカロンは高い。
材料はメレンゲや生クリームなど簡単に手に入るものばかりだから材料自体にお金はかからないけど、作るのにすごく時間が必要。
特にメレンゲで作られたコックは、生地をマカロナージュした後、焼く前に1時間から2時間程度乾燥させて上部を固めるから手間暇がかかる。
それに、作るには相当の技術が求められるし、だとしてももちろんすべてがきれいな形になるとは限らない。それに焼くときに置いた場所によってはきれいに焼けない。だから、マカロンは単価が高いんだ。
「おれはもともと、アイドルとしても芸能人としても売れていなかったんだ。アイドルを目指したのは、誰かを笑顔にするのが好きだから。だけど、それだけじゃだめなんだよねっ。昔のおれは個性もなかったし、歌もダンスも大して下手でもうまいわけでもなかった。他の4人に仕事が来ても、おれだけの単独の仕事っていうのはほぼなくて」
……意外だった。
出会った時からずっと、成耶くんは元気で明るくて、個性がないなんて信じられないくらい。
正直、一番最初に名前を覚えられたのは成耶くんなのに。
そしたら、うつむいていたと思った成耶くんが顔をあげた。
「おれ、お菓子の中でもマカロンが大好きなんだ! だから決めたんだ。毎回ライブ終わりにあの高いマカロンをお腹いっぱい食べられるくらい売れてやるって。おれにとっての"最高"を目指しつつけるって!」
ウインクしながら、きらっきらの、最高の笑顔を魅せてくれる。
「それが大里成耶———最強のなるちだよっ♡」
食べてっ、と言われ、私は黄色いマカロンを手に取った。
ありがとうとお礼を言ってから、口元に運ぶ。
さくっと、コックの崩れる音。
甘いレモン味のガナッシュの風味が口いっぱいに広がる。
———それは、初めて食べるマカロンの味だった。
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