sweet 8 初めて見る景色

 そして、金曜日に元気な状態で無事退院できたお父さん。

 金曜日は仕事のない日だから、久しぶりに梨弦とお父さん、三人で夕飯を食べた。

 ……そしたらなんだか、思い出しちゃったんだ。

 ……お母さんのスイーツをみんなで食べたときのこと。


 もう、ずっと前の話だけど。



♡――――♡――――♡――――♡――――♡



 ————そして土曜日。来てしまった、ライブ会場。

 大きな建物のパネルにはバーンとsweetballの5人の姿が映し出されていた。

 小夏ちゃんとさくらちゃんにライブに行くって話をしたら、小夏ちゃんもらしく二人で一緒に来ちゃった。


 いろいろ小夏ちゃんに教えてもらったし、このために有名らしい曲はある程度聴いてきた。

 sweetballのことをを知るのが目的だけど、どうせなら楽しみたいしねっ!


「ああっ、今年るぅるに会うのは初めて! おんなじ空気吸える~っ」


 ……と、深緑色のつなぎを着た小夏ちゃんが興奮している。

 お、同じ空気が吸える? はちょっとよくわからないけど……酸素とかの話かな?


「よーしっ! ももな、行くよ! sweet magic partyへ!」

「えっ、なにそれ———わっ」


 どこかで聞いたことのあるフレーズに頭を巡らせる暇もなく小夏ちゃんに腕を引っ張られ、流れる人並みに呑まれていった。



♡――――♡――――♡――――♡――――♡



 私たちはライブチケットをスタッフさんに提示し、建物内に入った。


「あたしとももなは一緒にチケットとってないから、席全然違うんだよね~たぶん」

「え、そうなんだ」


 アイドルに限らずライブに来るのって初めてだから、いまいちよくシステムが分からない。

 うーん、私が無知すぎるだけ?


「というかももな、そのチケットどうしたの? スイボのライブって倍率めちゃめちゃ高くてファンクラブ入ってないとほとんど当たらないのに」


 えっ、なにそれ! あの人たちそんなに人気だったの!?


「あー、知り合いからもらったんだ!」


 嘘はついていないけど、ごまかすのは心が痛い……。

 うっ。



 会場に入った私たちは暗い中自分の席を探す。

 奇跡的に、小夏ちゃんとは斜めだけどほぼ前後の席だった。

 私が後ろで、小夏ちゃんが一列前。


 まさかの一階席で、ステージがすごく近い。

 そのステージの構造はというと、前に大きなのがあって、そこからいくつもの方向にランウェイで歩くみたいな細い道が伸びている。



 そういえば小夏ちゃんが、ライブは暑いから熱中症対策してと教えてくれた。

 ラフな格好で、ヒールは履かずにスニーカーでこいとも。


 あと、ファン呼称は「スウィーネ」で、sweetballのアンコールは“餡”コールなんだって。スイーツがテーマのグループだかららしい。

 ホームページもスイーツテイストだったし、なんてったってグループ名に"sweet"が入ってるし。



 目の前のステージ上のスクリーンには『sweetball』とロゴが大きく光り、輝きを放っていた。

 ライブは13時から。もうすぐだ……!


 ファンじゃないし知らないことのほうが多いはずなのに、なぜか心臓がドキドキと高鳴っている。

 ———わくわくしている!



 と、そのとき会場全体の照明が落とされ、真っ暗になった。

 いよいよ、始まるんだ!


 赤、白、黄、緑、青の5色の光線がくるくると会場を駆け巡る。


 そのあと、ステージにバン! と光が付いた。



 スイーツ柄でポップなデザインの5つの扉が現れる。



 会場内が赤い光で溢れた途端、真ん中の扉から出てきたのはリーダーの壱世くん。

 王子様のような赤を基調としたデザインの衣装を身にまとっていて、とってもかっこいい。



 次に登場したのは蒼都くん。

 キリッとした表情で、こちらは群青色で壱成くんとは少し違うデザインの衣装。



 その次には、可愛い笑顔の成耶くんがステージに出てくる。そしてまた少し違うデザインのレモン色の衣装だ。


 そのあとに、小夏ちゃんの推しである類くんが扉から出てきた。そしてまたまた少し違うデザインの緑色の衣装。



 これ、もしかしてメンバーカラーなのかな……?

 と思えば。


 右端の扉から、真っ白な衣装に身を包む一条くんが現れた。

 うわ、あれは反則なんじゃないのかな。だって真っ白だよ、タキシードに見えるって。



 すると全員揃ったところで、すぐに大ボリュームで音楽が流れ始めた。

 あ……この曲聴いたことある。たしかデビュー曲だっけ?



 アップテンポに加え、甘い曲調だけどどこか爽やかさも感じる、まさに始まりの歌。


「早く来て 君と甘い恋をする sweet time kiss」


 成耶くんが最初のパートを歌い出した途端、会場が揺れるくらいの大きな歓声が響いた。




「みんなのダーリン、成耶だよっ! おれの子猫ちゃんたち〜! ちゃーんと見えてるからねっ!!」


 成耶くんが、きらっきらの笑顔で手を振る。

 とたんに黄色い歓声。


「君たちお姫様は、いつオレと結婚してくれるの? それとも先に、誓いのキスする?」


 蒼都くんによる、最上級の王子様スマイルに完璧なウインク。

「するーっ!」と、答えるようにみんなが叫んだ。



「黙って俺に抱かれてろ、バーカ」


 続いて一条くんが不敵な笑みを浮かべると、キャーっていうよりもギャーっていう歓声が巻き起こる。



「ねえ、僕のことそんなに好き?」


 類くんが甘くとろける声で囁くように言うと、「好きーっ!」と蒼都くんと同じようにファンの子たちが答える。



「ありがとう!! スウィーネの笑顔が大好きだよー!」


 壱世くんへの歓声を最後に、次の曲が流れた。



 私はたった数分見ただけで、彼らのパフォーマンスに圧倒されている。

 アイドルのライブは初めてだし、ファンっていうわけでもない。

 だけど、こう、ドキドキするんだ!


 心臓だけじゃなく、身体中が。

 知らない感覚に驚きながらも、私はステージを見る。



 すごい……アイドルって、こんなにすごいんだ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る