sweet 7 変わりたくて

 その日、買い物をしてから家に帰ってきた私は、夕飯の準備をする前にダイニングルームで一息つく。

 そして、制服のスカートのポケットからスマホを取り出した。


 家にはまだ、誰も帰ってきていない。

 まあ別に、見られてもいいけど……。



 えーっと、たしか小夏ちゃんが、sweetballって言ってたよね?


 私はスマホのアプリで“sweetball”と検索をかけてみる。

 すると一番上にsweet ballのホームページが出てきたのでそれを開いた。


 全体的に明るい色を基調としたデザインでかわいい。

 ところどころにお菓子のイラストがちりばめられている。


 出演情報や楽曲などについての項目が並ぶ中、私は『Profile』をタップした。

 そこには顔写真とともに、簡潔にメンバーについて書かれていた。




 若月壱世 Isei Wakatsuki (16) 7月12日生まれ


 一条叶芽 Kaname Ichijo (17) 4月6日生まれ


 大里成耶 Naruya Osato (16) 1月19日生まれ


 本田類 Rui Honda (16) 2月10日生まれ


 宮畑蒼都 Aoto Miyahata (16) 9月25日生まれ



 あ……みんな同い年だから、生まれた西暦が書かれていないのか。

 一条くんだけ誕生日が過ぎているから、17歳なんだ~。


 ちょっと興味が出てきたかも。

 推しにするとか、ファンになるとかいうのは抜きに。


 ……いや、それでもー。



「“sweetball”ってグループ名はちょっと……」

「あ?」



 そのとき、真後ろから低い声が聞こえた。

 ……振り返るとそこには……一条くんの姿が。


「わあっ!!」


 がたっ、と音を立てて思わず椅子を引いた。

 ま、まさかいたなんて……ってことは、もしかして今さっきの、聞かれてた……?

 さっと血の気が引く。


 一条くんは呆れたような目で私を見た。


「ごっ、ごめんなさい!!」


 私は勢いよく頭を下げる。


「いやまあ、ファンじゃないわけなんだし知らなくても無理なない。俺だってそんなに外道じゃねえよ」

「でも……」


「うるせえな、いいって言ってんだからいいんだよ。グループ名の由来を聞いてくれるんなら、それで」

「由来?」


 すると一条くんは、一呼吸置いてから口を開いた。


「俺たち五人はボールのように丸く、どこもかけていない。つまり一人でもかけたら“sweetball”じゃないって意味」

「全員で一つ、ってこと?」


「まあそうだな」

「全員で、一つ……」


 思い出すのは、類くんのこと。

 その"一つ"は5人のことで私は違う。

 ……だけど、たとえ短い期間だとしても、私はみんなと、類くんと同じ時を過ごしている。



 私はばっと立ち上がった。


「私っ、類くんと話したい! いつなら空いてるかなっ!?」


 食い気味に一条くんに尋ねてみれば、少し驚きながらも答えてくれる。


「……今日の夜なら空いてると思うが」

「ありがと!」


 友達の小夏ちゃんが“好き”だっていう人のこと。

 私は類くんのこと、知りたいっ!



♡――――♡――――♡――――♡――――♡



 夕食が終わったあと、私は類くんの部屋の前に来ていた。

 手には、今日のメニューであるハンバーグやご飯の乗ったお盆。


 昨日と今日の朝は、部屋の前にご飯を置いていたけれど……。

 どこかで、ずっとそれじゃだめなのかってわかってたから。


「……よし!」


 私は気合を入れて、ドアをノックした。

 ……だけど、返事は返ってこない。


 あれ、おかしいな。いるにはいるはずなんだけど……。

 気長に待っていると、しばらくしてからかちゃりとドアが数センチ開いた。


「あっ、類く———」


 その顔が見えた瞬間名前を呼ぶと、速攻でバタンとドアが閉まってしまう。

 えっ、ええっ!?


 も、もしかして私、嫌われてるのかな……?

 それなら、話すどころこの先ずっと会ってくれないかもなんて。


 いやいや、さすがにそれは無理がある。現実的じゃないよ。


「うーん、出直すかなあ」


 仕方ない。

 とりあえず床にごはんだけ置いて行こう。

 そして、しゃがもうとしたとき。


「あ、あの……」


 再び、ほんの少しだけドアが開いた。

 今度は閉めずに。


 え……っ。


 ドアから覗くのは、ガラス玉みたいにきれいな瞳。

 それが、私をちらちらと映していた。

 ど、どうしよう……と思っていると、扉がすっと大きく開いた。


 ……初めてちゃんと見た、類くんの姿。

 私よりも頭半分大きな身長に、目に影を落とす黒く長いストレートの前髪。


「……あ、えっと……ご飯、食べに行けなくてごめん」


 今度は視線を逸らして話した声は、すごく澄んだきれいだ。


「……ううんっ、いいの! あ、ここに置いとくね!」


 私は部屋にお邪魔し、おぼんを近くのテーブルに置く。

 ……えっと、それで……。

 そうだ。私、類くんのことが知りたくて、ここまで来たんだ。


 そしたら、私より先に類くんが口を開いた。


「……ごめんなさい、今まで顔を出さなくて」

「大丈夫っ! あ、えっと……」


 なんて言えばいいんだろう。

 どんな言葉を言っても、類くんを傷付けてしまうような気がする。

 やっぱり、"知る"のは、難しいのかな……。


 そう、思った時だった。


「———僕、人見知りなんだ」


 類くんの小さな声が、静かなこの部屋に響いた。

 私は、うつむきかけていた顔をあげる。


 すると、またきれいな瞳と目が合った。

 ———強い意思のこもった色。

 私は、類くんの言葉にそっと耳を傾けた。



「僕は、アイドルだけど……芸能界に入る前の小学生のときまでは、極力目立たない様にって生活をしてきた。……だけど中学生になるとき、このままじゃダメだって思ったんだ。ずっとこのままひっそりと、誰かの陰に隠れている人生なんて、きっとつまらない。だから、中学入学を期にアイドル事務所のメロディースカイに履歴書を送ったんだ。受かる受からないは関係ない。いままでの自分じゃ絶対できないようなことをして未知数の一歩を踏み出した……自分を、変えたくて」



 ……自分を、変えたくて。

 きっと、すごく勇気がいることだっただろう。

 新しいことにチャレンジしたりとか、わからないことにつっこんだりするのって、失敗したらって思うと怖くなっちゃうし。


 だから……すごいなって、思う。


「あ、そんなしんみりしないで。ライブとかブログで何度か話したことがあるから、大丈夫だよ。それにまだまだ、僕は変わっている途中だから」


 そう言って笑う類くんの顔は、すごくきれいだった。

 うまく言えないけど、こう……キラキラしてる感じ。

 もしかしてこれが……類くんのアイドルスマイルってやつなのかも、なんて。


「———ありがとう、僕のことを気にかけてくれて。ほんとは僕が、気にかけなきゃいけない立場なのに」

「ううん、そんなことないよっ!」


 私は類くんの言葉に反論する。

 ここは、sweetballにとって……類くんにとって落ち着くべき家。

 だからここにいるときくらいは、そういうの全部なしにできるくらい私がサポートしたい。

 お金がどうとかじゃなくて……みんなのために。


「これからも類くんのこと、もっと教えてね!」


 私だって負けないくらいの笑顔で言うと、類くんも笑ってくれた。


「……そうだ。これ、あげる」


 類くんはなにやらズボンのポケットから一枚の紙を取り出す。

 そして、私に差し出した。

 両手のサイズくらいの紙には、『sweet magic party!』とかわいいデザインで書かれている。


「今週末の土曜日、sweetballのライブがあるんだ。それはチケットなんだけど……もし予定がなかったら来てほしい。叶芽もそう言ってた」

「一条くんが?」


 と聞き返せば、類くんはあっ、と驚いたように口を小さく開けた。

 ……今の、言っちゃまずかったやつ? お互いに。


「……わかった! ありがとうっ!!」


 私は何事もなかったかのようにお礼を言って、チケットを受け取った。

 ……もしかしたら、一条くんが気を使ってくれたのかもしれない。

 私が類くんのことを、知りたいって言ったから。

 知るならやっぱり、ライブがわかりやすいっていう一条くんのメッセージだ、きっと。


 お父さんが退院するのは金曜日だし、土曜日は特に予定はない。

 ……sweetballについてはまだまだ知らないことだらけだから、小夏ちゃんに聞いてみようかな。



 ———変わりたいって一歩を踏み出した類くんの想いを感じたい、そう思った。

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