sweet 6 人見知りアイドル?

 ふう、ずいぶん遅くなっちゃった……。


 行く途中の道で迷子になったりいろいろトラブルがあって、空はもうすっかり日が暮れてしまっていた。


 そういえばバイトは明日からってことになってるけど、今日はやらないほうがいいよね、きっと。



 ふとそんなことを考えながらまだまだ慣れない玄関のドアを開けると、家の中から焦げたような香りがした。


 え……な、なにこれ?

 思わず鼻をつまみたくなるようなきつい匂い。


 なにか変なお香でも焚いているのかと思い玄関を抜けリビングに入ると、もくもくした黒い煙が部屋中にいっぱい広がっていた。



「なっ、これどうしたのっ!?」


 手で煙をよけるように振り回していると、「ももなちゃ~ん!」とどこからか声が聞こえた。

 えーっと、あの声は確か……成耶くん、だっけ?


 すると、ぶーんっと換気扇の回る音が耳に入る。


「けほっけほっ」


 耐えられずにせきをしながら煙がやむのを待っていると、だんだんと視界が開けてきて。

 煙の元……キッチンにいたのは、成耶くんだった。


「い、いったいなにがあったの?」


 敬語も忘れて、私はカウンターから身を乗り出しキッチンを覗き込む。


 ……なっ。

 ……そこには、丸焦げになった“なにか”がフライパンの上に乗っかっていた。

 いやいやいや? なにこれ!?


「ももなちゃん助けてっ、夕飯作りまた失敗しちゃった!」


 と言っている割にはてへぺろとしか思っていなさそうな成耶くんの顔と、フライパンの中身を交互に見る。

 ……いや、失敗とかいうレベルじゃないでしょこれはー……。



「うわっ、なんの匂いだよこれ!」


 そのとき、玄関のほうから蒼都くんらしき声も聞こえてきた。

 登場したのは、蒼都くんと一条くん。



「……また焦がしたのかよ、お前」


 まるで軽蔑するような目で成耶くんを見る一条くん。


「いや、前に叶芽だってわざわざ焼いた野菜を鍋に入れるとかバカなことしてたじゃん!」

「それは、蒼都が野菜を焼いてたのが悪いだろ」

「勝手にオレのせいにしないでほしいんだけど叶芽」


「ああ~っちょっと!!」


 言い争いが勃発しそうなところを、慌てて止める。

 三人が一斉にこっちを向いた。



「お金いらないので、今日の晩御飯は私が作るからっ!! ま、まかせといてよっ」


 痛い視線(一条くんと蒼都くん)を感じながら、私は震える手でぐっと親指を立てた。



 ♡――――♡――――♡――――♡――――♡



「っは~、づっがれた~っ」


 次の日の学校。昼休みのチャイムがなった途端、私は机に突っ伏した。

 あのあとなんとかあるもので夕飯をつくり、さっそく仕事として今日の朝ごはんも作ったんだけど……なかなか7人分って大変だなあ。


 疲労困憊だよ~。


「で、あんたのお父さん、大丈夫なの?」


 そしたら、私の席の机でお弁当を広げ始めた、お団子頭の相田小夏あいだこなつちゃんがたずねてきた。


「うん。この前お見舞いに行ったんだけど、元気そうだったよ〜! 予定通り、今週末には退院できると思う~」

「そっか、よかったよ」


「今、弟くんと二人で大変でしょう? 何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってねっ!」


 そう言ってくれたのはもう一人の友達である、サイドテールがかわいい結城ゆうきさくらちゃん。


「ありがとーさくらちゃんっ!」


「あんたほんとに、大丈夫なんでしょーね? この前だってお腹すきすぎて死にそうだったじゃん」

「まあ梨弦の分はなんとかやりくりしてるんだけど、自分のことまで気が回らなくてさー」


 購買で一番最安値のあんぱんをほおばりつつそう笑って見せると、小夏ちゃんとさくらちゃんが私をじっと見つめてきた。


「え、二人ともどうしたの?」


「……ももな、これ……」


 小夏ちゃんは、自分の財布の中から五千円を取り出して、私に差し出してくる。


「わたしも……あの、貸そうか?」


「え、ちょっと、何言ってるの~っ!」



 私が慌てて手を振ると、二人はニコッと笑った。


「まあこのくらいの気持ちで、あたしたちを頼ってってことよ!」

「そうそうっ。ももなちゃんは大切な友達だもんっ」


「えーっありがとーっ!」


 私は感動して涙を拭うしぐさをしながら、お礼を言った。

 小夏ちゃんは五千円を財布にしまい、うーんと眉間にしわを寄せる


「でもあたしたちじゃ、金銭面のサポートはさすがにできないわね」

「あっ、それなら大丈夫! 私、バイト始めたからっ!」

「バイト?」


「うん! あっ、それでさ~」

「ちょっ、今バイトの話してんじゃんよ」


 話を切り替えようとすると、小夏ちゃんが呆れたように笑う。

 バイトで思い出した。

 そういえば、小夏ちゃんに聞いてみたいことがあったんだよね。


「ねえ小夏ちゃん。sweetballっていうアイドルグループ、知ってる?」


 私は知らなかったけど、情報通の小夏ちゃんならわかるかなって思ったんだ。

 すると、小夏ちゃんは箸でつかんだ枝豆をぽろりと落とす。

 そして、驚いたような目で私を見た。


「あんた……」

「……はい」


「ももなも、ついにスイボの沼に!?」

「なにスイボって!?」


 とつぜん興奮し始めた小夏ちゃんに私は混乱する。

 め、目がキラキラしてるっ。

 と思ったら、箸を置いてからなんだか話し始めた。


「"スイボ"ことsweetballは、あの有名な男性アイドル事務所“メロディースカイ”に所属する大型新人アイドルたちが集められて結成された5人組アイドルグループ。もともと5人ともバラバラのグループで活動していたんだけど、3年前に"全員が中学2年生"のメンバーで結成され、去年メロディースカイから正式デビューしたのがsweetballってわけよ」



 ほ、ほ~……よくわからないや。

 小夏ちゃんが一生懸命説明してくれたけど、いまいち追いつけていない。

 でも、小夏ちゃんが知ってるどころじゃなく、sweetballのファンだってことはよくわかった!!


「ちなみに、あたしの推しはるぅる!」

「るぅる……? って、本田類くんのこと?」


 一か八かでそう言うと、小夏ちゃんが頷いた。


「そう! チャラくてかわいい成耶とはまた違うかわいさがあってね、普段はクールだけどふとしたときにあざといのよ! そのギャップがいい!!」


 私はまだ類くんとは一度も話せていないし、顔だってあのときちらっと見たのが最後。

 昨日の夕食にも今日の朝食だって会っていない。


 もしかして人見知りだったりするのかなと思ったけど、小夏ちゃんの話を聞いていると違うっぽいような?

 ていうかそもそも、アイドルで人見知りっているのかな?


「そういえば、大里成耶くんってうちの芸能科に通ってるんだよね?」

「うーん、なんならメンバー全員ってうわさだけど、実際のところはナゾ。普通科うちと芸能科は校舎だけじゃなく、学校行事とかそのほか全部分かれてるからね。ただ名前の同じ別の高校って感じだからさ」


 そう。港星高校は二つの科に分かれているものの、正門が二つあるくらい敷地すらも完全ざっくり。会うこともないし、流れてくるのは○○が転校してきた~とかいううわさばかりだ。同じなのは制服だけ。


 にしても、メンバー全員通っていたとは……真実かどうかは別として。



 そして……類くん。コミュニケーションくらいは取りたいんだけど……どうにかならないかな~。

 毎日食事にさっぱり出てこないのはほんのちょっと困る……かな~。今日の朝ごはんだって、一人分を類くんの部屋の前に置きに行ったわけだし。


 再び類くんについて語り始めた小夏ちゃんの話を笑顔で聞くさくらちゃん。そんな二人を横目に、私は考えていた。

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