sweet 5 依頼主との距離
あ、アイドルって、あの、テレビとかに出てる、アイドル……だよね?
たしかに見れば見るほど、この四人って整っているというか、そういうオーラがあるというか……。
というか、なんで気が付かなかったんだろう……って感じなんだけど。
すると、成耶さんがびっくりしたように口を開けた。
「えーっ、アイドルだってこと知らなかったの? まだまだおれたちも知名度ないねーっ」
「あっ、ご、ごめんなさいっ!」
考えれば、私の反応って失礼だったよね……!
私はバッと頭を下げる。
「清水さん、顔上げて! 別に謝ることじゃないよ」
若月さんがそう言うので、ゆっくりと頭を上げる。
「そうだ。契約上、仕事は明日からだし、今日は休んでね。部屋の整理とかも必要だし、ね?」
さっきと同じ温かい笑顔でかけてくれた言葉に、私はうなずいた。
「ありがとう、ございますっ」
ここでへこたれてちゃだめだ。頑張ろうって決めたもん!
たとえこの人たちがアイドルだとしても……あ、アイドル……。
すると成耶さんが寄ってきて、申し訳なさそうな顔で私を見た。
「ごめんね、変なこと言って。せっかく一緒に暮らすんだしさ、おれのことは成耶くんって呼んでよ! あ、成耶でもいいよ~?」
「あっ、はい! りょーかいですっ!!」
私はぐっと親指を立てる。
ちょっとヒヤッとしたけど、大丈夫みたい。
「俺のことも下の名前とか、好きなように呼んでいいよ。よろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」
なんとかやっていけそうな雰囲気に、私はほっと胸を撫でおろす。
「部屋には先に送ってくれていた荷物がもう置いてあるから」
ええっ、部屋まであってもう荷物を運んでくれていたなんて、あ、ありがたい……!
「そうだ、成耶、清水さんを部屋まで案内してあげなよ」
若月さん……えっと、壱世くんがそう言った。
しかし案内を頼まれた成耶くんは、困ったような表情をする。
「うーん、そうしたいんだけど、おれこれからレコーディングがあるんだよね」
「ああ、成耶は今日だっけ」
そっか……アイドルだから忙しいよね。
だから家事代行を頼んだんだろうし。
「俺もこれから買い出しいかないとだから……あ、叶芽!」
「……は?」
名前を呼ばれた一条叶芽くんは、不機嫌そうに返事をする。
いや、返事じゃないか……。
「え、いやなの?」
すると、壱世くんが感情の読み取れないような表情でにこりと笑った。
一条叶芽くんは何か言いたそうにしながらも、しぶしぶうなずく。
「……わかったから。お前、早く来て」
「は、はい!」
私とは一切視線を合わせず、ずんずんとリビングを歩いて行ってしまった。
慌てて床に置いた荷物を抱え、その背中に着いて行く。
一条くんとはちゃんとあいさつできていなかったし、二人になれてよかったのかも?
とポジティブに考えながら、二階へと通ずる階段を上がる。
階段もこれ、すごいよ……!
白い板がいっぱい連なっていて、壊れそうだけど壊れない!
二階に上がって、どんどん奥へと進んでいく。
たくさんの部屋のドアの前を通り過ぎ、そして角を曲がりその先を歩いていくと、一番端の部屋の前で一条くんが足を止めた。
「……部屋、ここだから。じゃ」
それだけ言うと、用の済んだ一条くんはさっさと引き返す。
……ここで話しかけなかったら、きっとこれからもずっと話さない気がする。
ただの家事代行かもしれない。だけど、さすがにコミュニケーションがひとっつもないのはこれから先困る!
一条くんしかいないときに、掃除していい場所とか聞けないのは実質営業妨害だし!
「い、一条くんっ」
となんだかんだと考えたのち、私は名前を呼んだ。
無視されるかも、と思ったら、立ち止まって振り向いてくれた。
「……なんだよ」
一条くんと私の目が合う。
そのとき。
合った瞳が、大きく見開かれた。
まるで、なにかに驚くように。
「……もしかして……」
「……え?」
ぽつりと一条くんがつぶやいた言葉に、私は首をかしげる。
“もしかして”って、なにがだろう。
と思ったら、またそっぽを向かれてしまった。
「あ、えっと! 一条くん、これからよろしくお願いします!」
私は勢いよく頭を下げる。
顔をあげると、再び視線が合う。
「……よろしく」
一条くんの声は小さかったけど、ちゃんと届いた。
あいさつ、できたよ!
一条くんは背中を向けて、階段のほうへ歩いて行ってしまった。
なんとか、なんとかだけど……うまくやっていけそうだ。
私は一条くんの背中を見送ってから、部屋のドアに向き直る。
ここが、今日から一週間のうち5日過ごす私の部屋……!
家がこれだけ大豪邸なんだから、部屋もきっと広いよね……たぶん。
驚く準備をしつつ、高級感溢れる真っ白なドアをゆっくりと開いた。
その瞬間、目の前に広がったのは———。
「うわ……!」
私は思わず声を上げた。
教室一つ分くらいの大きさの部屋に、白で統一された家具たち。
へ、部屋の中に、ソファがあるのなんて初めて見た……。
そして部屋の端っこには、私の服やらを詰めた段ボールが二箱置いてある。
私が送った荷物だ。
感激しつつもとりあえず床にかばんを置き、中身を取り出して確認していく。
何か足りないものがあったら、買いに行かないとならないし。
それからある程度必要そうなものをスマホにメモした。
うーん、結構あるなあ。……よし、買いに行くかっ。
私はそう思い立ち、さっそく部屋を出た。
そういえば、この辺のことはあまり良く知らない。ドラックストアに行きたいんだけど、どこにあるんだろ。
スマホで調べたら出てくるかな、と一旦立ち止まりスカートのポケットからスマホを取り出す。
そのとき、後ろから人の気配を感じた。
振り返るとそこには、たった今部屋から出てきたであろう……えっと、宮畑蒼都くんがいた。
バチッと視線が合う。
すると、にこりと王子様スマイルを見せてくれた。
そしてこっちに近づいて、私の前で立ち止まった。
私よりも10センチほど高い身長に、整った顔。
なんと言っても、蒼都くんからは他の人達とは違う別格のオーラを感じた。
「ねえ、清水さん、だっけ」
「あ、はい! そうです」
唐突に話しかけられ、私はびっくりしながらも答える。
蒼都くんは、そっか、とうなずいたあと、こんなことを口にした。
……完璧な笑顔で。
「……清水さんは、オレの……オレたちのファンじゃないってことであってる?」
え?
ファンじゃないって……そのままの、意味?
もしかして、私がさっきあんな反応をしたから聞いているのかもしれない。
ほ、本人を前にしてこんな事を言うのは心苦しいけど、事実だから……。
「ファンじゃない、ですよっ」
うそをつくことなくそう言うと、その瞬間、蒼都くんの目からキラキラが消えた。
え……っ。
まるで別人みたいに雰囲気が変わる。
王子様の雰囲気なんて、跡形もなく消え去った。
「……え、えと」
「……あんたさ」
「は、はひっ」
さっきとは全く違う低い声に、とっさに出た返事がおかしくなる。
そして、生気を失ったような色のない瞳に見つめられた。
「金額分、ちゃんと働いてくれるんだよね?」
「っ、そ、それはー、もちろんっ」
「……そう」
蒼都くんはそれだけ呟くと、さっさと階段を降りて行ってしまった。
その背中が見えなくなったとたん、息を止めていたみたいにふうっと大きな息を吐く。
……こ、こわー……。
アイドルって、あ、あんな感じなの、かな……?
蒼都くんなんて、たった一瞬でキラキラ失ってたし。
ま、まあ、いつでも“王子様”なのは、大変なのかな……。
って、そこまで踏み込んで考えちゃいけない。
私は、あくまで家事代行の人なんだから。
うんうんと一人うなずいたあと、階段を降りて玄関へと向かった。
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