sweet 3 バイト先は?

 病院の帰り道、バイトについて考えながら歩いていた時だった。


 どさっ。


 とつぜん、肩に衝撃が走った。

 私はその拍子によろめき、後ろに倒れそうになる。


「ごめんっ、大丈夫っ!?」


 ……だけど、誰かがぐっと私の右腕を引っ張ってくれた。

 身体の動きが止まったところで、そっと目を開ける。


 そこには、見知らぬ男性の顔があった。


「けが、ないっ?」

「あ、はい……すみません、ありがとうございます」


 戸惑いながらもお礼をいい、私は姿勢を立て直す。

 もしかして、この人とぶつかったのかな?


 私よりも五センチほど高い視線。

 にしても、すごくきれいな顔だ。

 だけど、どこかで見たことがあるような?


 じっと見ているとふいに目が合って、男の子は私にニコッと笑いかけてくれた。


「おれも、ごめんね! じゃあまた!」

「はいっ、ありがとうございましたー!」


 爽やかな笑顔を残し、男の子は去って行った。


 そこで私は、ある事に気が付く。

 夜空色のブレザー。あの制服、うちの学校のだ。


 でもあんな子、いたっけ。新一年生にしては、制服を着古していたよね?



 ……もしかしたら、芸能科の子かな。

 私の通う学校、港星みなとぼし高校には普通科と芸能科がある。


 制服は一緒なんだけどクラスはもちろん校舎も違うから、会うことはあまりない。

 雰囲気がキラキラってしてたし、芸能人……うん、それなら納得かも。


 私はそう考えながら肩にかばんをかけなおして、家へ向かった。



♡――――♡――――♡――――♡――――♡



  そして数日後、バイト面接を無事に合格した私は荷物を整理していた。


 私のバイト先は、いわばルームシェアと呼ばれる友達同士などで一つの家に住んでいるお家らしい。

 本人たちの希望と私の希望を合わせて、基本的には週に月〜木、日の計5日間のシフトとなっている。



 私はポーチにくしを入れながら、ふと面接での言葉を思い出していた。

 それは、私の面接をしてくれた人が言っていたんだけど……。



『最後に一つ。———念のため訊いておきますが、アイドルなんかに興味はありませんか? 特に、男性アイドルグループとか』

『へ?』


 意図の読めない質問に、私は一瞬首をかしげる。

 ……うーん、男性女性に限らずアイドルに興味があると言えば……申し訳ないけどないかなあ。

 そもそもあんまりくわしくもないし。


 正直にそう答えると、面接の人はボードに挟んだ紙に何かを書き込んだ。


『わかりました。では、面接は以上です。近日中に合否のメールをお送りいたしますね』

『はい。ありがとうございます!』




 いまでもあんな質問をした理由がわからないんだよなあ。

 でも会社自体に“新手の詐欺”感はなかったし、大丈夫だと信じたい。



 そのとき、私の部屋をノックする音が聞こえた。


「ももな~、入るぞ」

「って、もう入ってるじゃん! 梨弦くん」


 私が返事をする前にドアを開けて部屋へ入ってきたのは、高校一年生の弟、梨弦だ。

 ちなみにかっこよくてかわいくて、ちなみに男子サッカー部所属。あと、ちなみに……。



「お前、そのときどきする"くん"づけ気持ち悪いからやめろっつってるだろ」

「え~かわいいよ」


「てか、いまそれどうでもいいからな」

「そっちが始めたのに~」


 冗談っぽく口を尖らせる私を見て、梨弦はふっと笑った。


「バイト、頑張れよ。こっちのことは気にしなくていーから。俺だってもう、何にもできないガキじゃねえし」

「わかってるよ。梨弦、とりあえず次の休みまではお留守番よろしくね!」


 私は小さめのボストンバッグを肩にかけ、ウインクする。

 お父さんが退院して家に帰ってくるのは今週末だから、梨弦は数日間一人になる。

 ……ずっと、“毎日”一緒に暮らしてきたから……梨弦がよくても、私が大丈夫かなあなんて、ちょっと寂しい気持ちになっていたら。


 梨弦が、私をまっすぐ見つめてきた。



「ありがとな、ももな。……俺はなにもできないけど、応援してるから」


 そのいたずらっぽい笑顔がいつも通りで、私を元気にしてくれる。


「……さっき、“なにもできなくはない”って言ってたじゃん」

「……それとこれとは話が違うだろ。ほら、さっさと行けよ。俺も部活行かないとなんねえし」


「……うん! ……じゃあ、行ってきます!」



 私は梨弦に見送ってもらいながら、自分の部屋を出た。


 ———これは、私が踏み出す新しい一歩なのかもしれない。



♡――――♡――――♡――――♡――――♡



「えーと、ここを右に曲がって……」


 私は家事代行サービスの会社から送られてきた地図を頼りに、バイト先のお家を目指していた。

 家の近くのバス停から15分ほどバスに揺られたあと、しばらく歩いた先にどうやらあるらしい。


 ……でもいったい、バイト先のお家ってどんな人が住んでいるんだろう。

 家事代行を頼むくらいだから、おばあさんやおじいさんが住んでいるお家なのかな。


 あ、でもルームシェアなんだっけ。だったら、おばあさんたちがお友達同士で住んでるとか?

 う〜ん、想像がつかない……。



 なんて考えていると、目的地に近いところに入った。

 いわばそこは高級住宅街と呼ばれるような場所で、とんでもないくらい大きくてきれいな家がいくつも連なっている。


「あ……ここだ!」


 私は、ある一つの家の前で立ち止まった。


 まるでテレビで見るような大きな家。

 大きなバルコニーに、よくわからないところから生えている植物たち。

 すごく高級感漂うお家だ。


 わ、私今日からここでお家の人たちと半同居生活をするなんて……っ!

 いやいや、同居以前に私はここに家事代行サービスのお仕事としてやってきているんだから。


 とりあえず、優しいおばあちゃんとかおじいちゃんとかでありますように!


 いつもは緊張なんてしないのに、なぜか心臓がドキドキしてる。

 これはたぶん……わくわくの鼓動だよ、ね?


 ……っていうか、考え込んでないで早くインターホンを押そう!



 私はインターホンを必死に探し、やっと見つけた黒い四角っぽいボタンに手をかけた。


 ———そのときだった。



「えー、うちの前に不審者がいる?」


 とつぜん家のドアが開いて、若い男の人の声が聞こえてきたのだ。


「ほんとに〜? なにかの見間違いじゃ———って」



 ドアの向こうから人が二人出てきて、そのうちの一人と目が合う。


 ……あれ?

 ……この顔、どこかで見覚えが……って!



「あっ、キミ、この前ぶつかった港星高校の子だよねっ!?」

「ちょっと、玄関で騒がないの」


 二人かと思えば奥からもう一人出てきた。

 と思ったら。


成耶なるやたちうるさい」

「なんかあったのかよ」


 なんと、私と同い年くらいの男子5人が玄関から登場!

 いやいや、なにこれ!?


「……あ、もしかして、キミが今日から来る家事代行サービスの方?」


 そのうちの一人が私に、にこりと笑いながらたずねてきた。

 私はびっくりしながらもこくこくとうなずく。



「そっか、よろしくね。———ようこそ、俺たちの家へ」



 なんだか、とんでもないことが始まりそうな予感がしたのは———気のせいだと思いたいなあっ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る