sweet 2 家族のために

 あの日から二日が経った月曜日、私は放課後に大きめの病院へ行っていた。

 面会の受付を済ませ、エレベーターで4階まで上がる。

 すぐ近くの部屋、402号室。


 私はコンコン、とノックをして扉を開けた。


「やっほー、お父さん!」

「おー、ももな。来てくれてありがとな」


 奥のベッドから、元気そうな様子で手を振り返してくれるのは、私のお父さんだ。


「着替え、持ってきたよ~」


 私はベッドの横にある棚の上に、服の入ったカバンを置く。


「怪我、今は大丈夫なの?」


 私がそう聞くと、お父さんはうなずいた。


「ああ。痛み止めの薬も飲んでいるし、今は大丈夫だな」

「そっか。よかった!」


 実はお父さん、先週の水曜日の夜にコンビニ帰りの道で自転車と衝突しちゃって、入院するほどの重症の怪我を負ってしまったんだ。

 足を骨折して、全治三か月。しばらくは入院することになっている。


「あれ、隣の人は?」

「ああ、さっき定期検査に行ったよ」


 お父さんの入院している部屋は四人部屋だけど残り二つは空いていて、お父さんの隣には若い男の人が入院してるんだって。3回ほどお見舞いにこの部屋へ来てるけど、まだ会ったことないんだよね。


「じゃあ私、帰るねっ! お父さん、安静にしてなよ~?」

「分かってるって。着替え、ありがと。じゃあな」

「うんっ!」


 軽くそんな話をしてから、私は病室を後にした。


 今日の夕飯、なににしようかな。そうだ、梨弦に何か食べたいものあるか聞いてみよ〜っと。

 この後スーパーに寄って食材を買うから、その前にメッセージを送らなきゃ。

 白衣姿の先生、病院服を着た患者さんたちとすれ違いながら、私は病院を出た。


 スマホを開いて梨弦にメッセージを送ると、「じゃあ、ハンバーグで」とすぐに返事が返ってくる。

 了解スタンプを送って、スマホをブレザーのポケットにしまった。



♡――――♡――――♡――――♡――――♡



 さっそくスーパーに行って、ハンバーグに必要なものを脳内にリストアップする。

 えーと、合びき肉……はたしか家にあったよね。パン粉もあるし、それなら必要なのは牛乳、玉ねぎくらい?

 あっ、そうだ。たしかケチャップがあと少ししかなかった気がする。買っておこうかな。


 なるべく安くていいのを……と食材選びをしていく。



 土曜日はあんなにも貧困状態だった私だけど、今日は違う。

 そう、今日はお父さんの給料日!


 お金の心配をしなくてもいいってことじゃないけど、ある程度余裕はある。

 いつもお金の管理はお父さんがしてくれてるから慣れていないんだけど、今はお父さん大変だし。


 私が頑張らなくちゃねっ!



「……と、言ってもな~」


 会計を終えてエコバックに買ったものを詰めながら、私はため息をつく。

 弟が今年から高校に入学して、清水家はさらに火の車に拍車がかかってしまった。

 車だけに……じゃなくてっ。


 それに、お父さんがしばらく仕事ができないってなると、やっぱり……。


「バイト、しなきゃだよね~」


 卵のパックを一番上に乗せながら、考える。

 バイトはしようと思ってたんだけど、なんせ探してもいいところがなくて。

 本格的に探していかなきゃ。……じゃないとこの直近、本気でまずいことになりそう。



 何気なく、目の前に貼ってある広告やら張り紙やらをちらっと見る。


 ……あ。


 セールや地域の行事の中に紛れて貼ってあった一枚の紙に、私は釘付けになった。

 それは、アルバイト募集の張り紙。

 ただのアルバイトじゃない。


 ……時給が、なんと……。



 さ、さんぜん!?!?



 な、なにか新手の詐欺じゃないかと疑ってしまうほどの高時給。

 現実的には、あ、ありえない……。


 いったい何のバイト……って。


 私は、スマホでカシャリと広告の写真を撮る。

 そして、夕日の差すスーパーを出た。



♡――――♡――――♡――――♡――――♡



「住み込みの家事代行サービスバイト?」

「そう! 私、家事は苦手じゃないし、休みの日はちゃんと梨弦のところにも顔を出すようにするよ!」


 次の日の放課後。私は病院でお父さんと話をしていた。

 もちろん、バイトの件で。

 まあほぼ説得みたいな感じだけど。

 お父さんは眉間にしわを寄せたまま、難しそうな表情を動かさない。


「いや、それはわかったんだが……問題はそこじゃない。お父さんは、ももなにバイトをさせたくないんだ」

「え?」


 予想外の言葉に私は首を傾げた。


「……例えば、自分でなにか欲しいものがある、だからお金を貯めるためにバイトしたいっていう理由なら止めない。だけどももながバイトをしたいのは、お父さんや梨弦のためだろ」

「……それは、そう、だけど」


 反論の余地はなく、私はうつむく。

 だけど、すぐに顔を上げた。


「……私が欲しいのは、お父さんと梨弦と私の、安定した暮らしだよ!」


 病院の中だから声は小さいけど、だけど確かにはっきりと私は言った。


「梨弦には部活に集中してほしい。お金の心配なんてかけたくない。お父さんにも無理はさせたくない。それと、私がバイトをしないはどう頑張ったって両立しない。それなら、私が頑張るないとだよっ」


 お父さんの言っていることも理解できる。

 だけど……だけどねお父さん。


 私にとって家族は大切な存在だから……。

 家族が大変なときは、助け合いたいんだよ。

 それきっと、悪いことじゃないはず。


 私の意思が伝わったのか、お父さんは首を傾げつつもゆっくりとうなずいた。


「……わかった。だだし、条件がある」

「条件?」



 ———この条件が後に自分自身を苦しめることになるのを、私はまだ知らない。




「……お父さんの怪我は全治約三か月。バイトをするのはそれまでの期間だ」


 ……三か月。

 正直、それよりもっとって気持ちはあるけど。

 こればかりは、仕方ない。

 私は、お父さんに育ててもらっている身だし。


「うん、分かった! バイト先にもそう話しておくよ。……許してくれてありがとう、お父さん」


「ああ。こっちこそありがとう、ももな」



 私は、その言葉にうなずいた。

 私のバイト収入だけじゃ、ほんの少ししか力になれないことは分かってる。

 だけど、力になれないよりかはマシだよねっ!


 まずは、バイトの面接合格だ!

 病院の窓からは、きらきらとした夕焼け空が見えた。

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