ラブコール♡ティー
桜田実里
sweet 1 ナゾの優しい人?
私はその日、夢を見たんだ。
ティーカップの中に浮かんだ、ハートの印。
いわゆるラテアートというやつ。
迷わず、それを飲んだ瞬間。
あたりが歓声と5色の光に包まれた。
目の前には、5人の影。
『君へ僕たちの甘い魔法をかけるね—―sweet magic party!』
♡――――♡――――♡――――♡――――♡
「ああっ、もうだめ~」
ぐう、となるお腹をさする。
私は元気が取り柄の高校二年生、
正直今は、それどころじゃない。
なんてったって……。
「もう、お腹減ったよ~っ」
そう、今私は、動けないほどにお腹が空いているのだ。
いや、動いてるけど。
桜の舞う道を歩いていると、辺りにはもちろん食べ物屋さんやカフェなんかが並んでいる。
だけど私は、そのお店に入ることすら許されない。
黒色のショートパンツのポケットから取り出したのは、ほつれ気味の手作り小銭入れ。
チャックを開けて、中を覗き込んだ。
「うう、やっぱり何度確認してもこれだけ……」
チャリンと、一円玉がぶつかる音。
……私の全財産、たったの3円。
これじゃ、駄菓子も買えないよ。
私にはお金がない。イコール、食べ物が買えない。イコール、お腹が空いている!
……まあ、お金がないのは普通に昨日、使い果たしちゃったからなんだけど。食費代に。
今日は学校がお休みの4月下旬の土曜日。
家で家族団らん、わいわいご飯を食べる……なんてわけにはいかず。
弟の
あっ。
そのとき、ふわりとおいしそ〜な匂いが鼻をくすぐった。
こ、これは……っ!!
ぐう、と匂いに刺激されて鳴ったお腹を感じながら、私はくんくんと出どころを探る。
きょろきょろしていると、それっぽいものを見つけた。
いや、間違いない!
「やっ、焼き鳥屋さんだ~!」
木で出来た車風の小さな屋台。掲げられるのれんには、白い文字で『やきとり』と書かれている。
当然私はお金を持っていないので食べられないわけだけど、そんなことも忘れて匂いに釣られ歩き出す。
「うわ~っ、おいしそう~!」
屋台の前まで来てのれんを覗いた瞬間、私は感嘆の声を漏らす。
目の前に現れたのは、たくさんのくし刺し〜!
鶏モモもねぎまもおいしそ〜!
「お嬢ちゃん、食べてくかい?」
そのとき、焼き鳥屋の店主さんと思われる頭にタオルを巻いたおじさんに声を掛けられた。
はい――と答えようとしたとき、私はお金を持っていないことに気が付いた。
うう、ここで食べていかないのは店主さんに申し訳ない……だけど、食べるお金がなーいっ!
にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべる店主さんの顔が心に刺さって……い、痛いっ。
なんで私、お金のことを忘れて覗いたりなんかしたんだっ。
どうしたらよいのかとそのたった短い数秒で頭を高速回転させていると……お、お腹がさらに減ってきた~……。
じゃ、なくって!
そのとき、誰かがのれんを覗いた。
お、お客さんかな?
「すみません」
すぐ近くで、低くも甘い通る声が鼓膜を震わせる。
「おお、どうした? 食べるか?」
店主さんはお客さんのほうへと向き、そう聞いた。
距離が近くて、お客さんは私からは見えない。
どうしたらいいのかとあたふたしていると、隣のお客さんが言った。
「……じゃあ、鶏モモ三つ。ください」
「鶏モモね。ちょうどいま焼いていたところなんだ。すぐに渡せるよ」
「ありがとうございます」
お客さんはお礼を言う。
店主さんは鶏モモを三本とって、屋台の後ろのほうで包装を始めた。
……う、気まずい。
お客さんからしたら、なにも注文していないっぽいのに屋台にいるただのおかしな人に見えてるよね、私……。
「はい。じゃあ、三つだから、660円ね」
店主さんは、袋を渡す代わりに小銭を受け取る。
……うん、やっぱり、正直に言ったほうがいいよね。
お金がないので、今日は遠慮しときますって―――。
そう、思い立った瞬間。
「ありがとうございました」
お客さんがそう言ったかと思えば、急に誰かに右手首を掴まれた。
――えっ。
まさかと思うけど……私、お客さんにっ?
いや、なんで!?
とつぜんの謎すぎる展開に困惑していると、そのままうでを引っ張られた。
ひっ、な、なにがあったのっ!?
というか私、店主さんにまだ何も言えてないのにーっ!
屋台の外に出ると、やっとお客さんの姿が見えた。
おしゃれな服に、モデルかと思うほどきれいなスタイル。
その正体は……。
いや、誰!?
全く知らない人おーっ!
しばらくしてから、見知らぬ人は急に足を止めた。
そして手を離したかと思えば、こっちへ振り向く。
その顔には白マスク、目元も見えないサングラスが掛けられていた。
すっごい不審者感満載!! って思うのは、失礼か……。
しかし、いったい私に何の用が……と思ったら、さっきの焼き鳥の入ったビニール袋を私に突き出してきた。
「やる」
「……え、私に?」
予想外の展開に私は思わず聞き返すと、男の人はうなずいた。
いや、表情がまるでわからないんですけど……。
「ほら、受け取っておけ」
「あ、ありがとうございます……」
私は不思議に思いながらも、そう言うならとありがたく袋を受け取った。
ふわりと焼き鳥のいい匂いが香る。
男の人は私が受け取ったのを確認して、さっさと歩き出す。
「あ、ありがとうございますっ! でもあの、なんで、私にっ?」
向けられた背中に思い切って問いかけると、男の人は立ち止まった。
「……別に、理由はない」
それだけ言って、今度こそ本当に行ってしまった。
な、なんだったんだ……。
腰が抜けそうになるのをこらえながら、私は言葉も出ない思いで小さくなる背中を見送る。
ぐう、と私を現実に引き戻すようにお腹の音が鳴った。
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