第6話 身辺調査

 ゲルチェ王国の部隊が国境付近から去って一週間が経っていた。未だに国境付近には厳しい警備が敷かれている。


 ゲルチェ王国の気が変わり、また攻めて来ないとも限らないからだ。そのためリンドベル王国は警戒を怠らなかった。


 しかしひとまず戦争の脅威が去ったことで、レヴォルの街はいつも通りの平和な時間が流れていた。数週間前の混乱が嘘のようだった。


 いつも通りの日常を送る中で、金髪碧眼の少女、レラは配達の仕事をしながらあることを聞いて回っていた。


 それはレインのことだった。


 街の人はゲルチェ王国の部隊を退けたのは、黒い雨のおかげだと思っていた。しかしレラだけは違った。レラは戦争を回避出来たのがレインのおかげだと気付いていた。


 レラはレインが何者で、どうやってゲルチェ王国の斥候部隊を退けたのか気になっていた。


 レラのレインの印象は、いつも割り増しで報酬を払ってくれる気の良いおじさんだった。しかしレラはそれしかレインのことを知らなかった。


 他に知っていることと言えば、怪しげな噂がたくさんあることくらいだ。歳を取らないとか、人を食べているとか、そういった荒唐無稽なものがほとんどだった。


 そのためレラは、レインの正体を探るために配達をしながら、街の人にレインのことを

聞いていたのだ。


 レラは最初にこの街に古くからいる老婆に話を聞いた。


「ねぇ、レインっていつからこの街に住んでいるの?」


「そうねぇ、確かレラが生まれる少し前くらいからじゃなかったかしら」


 そして次にレラはいつも贔屓にしてくれる夫婦のところへと行った。


「レインが何歳くらいか知ってる?」


「さぁねぇ。たまに街で見かけてもいつも同じ姿だからな。俺たちと同じぐらいじゃないか?」


 夫婦は見た目の若さから自分たちと同じくらいではと言った。


「なら三十代くらいか……」


 次にレラは職人の男の元に荷物を届けた。


「レインが何の仕事をしているか知ってる?」


「さぁ、知らねぇなぁ。いつも家に籠もってるから働いてないんじゃないのか」


「やっぱりそうだよね」


 レラがいつ荷物を届けても、レインは本を読んでいるか、ボーッと過ごしているかだった。


「もしかしたらどっかの貴族だったりするのかもな」


 職人の男はレインに予想を立てた。貴族なら働かなくても生きていけるだけの蓄えがあるかもしれないと思ったのだ。


 レラは街の人にレインのことを聞き続けた。しかし街の人もほとんどレインのことを知らないようだった。


「そんなに気になるなら、本人に直接聞いてみたらいいでしょ」


「うん、そうする」


 そしてレラは最後の配達先であるレインの家にやって来た。レインはいつも通りレラを迎え入れた。


 荷物をバッグから出しながら、レラはレインに疑問をぶつけた。


「秘密」


 しかしレインはレラの質問に答えなかった。頑なに自分のことを話そうとしないレインに、レラは最終手段に出ることにした。


「教えてくれないなら、もう配達してあげないから!」


「えー、それは困るなぁ」


「それが嫌なら教えて! 誰にも言わないから!」


 レインはひどく悩んでいた。そしてレラはレインを見つめた。そんなレラの眼差しにレインは折れた。


「絶対秘密にするって約束出来るかい?」


「うん、約束する!」


 レラがそう言うとレインは手を伸ばしてきた。掌には魔方陣が浮かんでいた。


「この手を握ったら契約完了だ。他の人には話せなくなるよ。覚悟は出来ているかい?」


「うん!」


 レラは好奇心に負け、特に深く考えずにレインの手を握った。すると二人は眩い光に包まれた。


「何、今の? おじさんって魔術師だったの?」


「いや俺は魔術師じゃないよ」


「それならおじさんは何者なの?」


「神様、かな」


 レインはおどけたような口調で自身を神だと言った。


「嘘だー」


「本当さ」


 真面目な顔をして言うレインに、レラは困惑した。レインはつまらない嘘をつくタイプではないと、これまでの交流で知っているからだ。


「本当に、神様なの?」


「そうさ」


「何の神様なの?」


「雨の神、かな」


「じゃあ黒い雨を降らせてるのっておじさんだったの!?」


「そうだよ。ついでにこの国に雨が多いのも俺のせいだよ」


 レラはレインの話を聞いて色々なことに合点がいった。歳を取らないという噂も、黒い雨を降らせているという噂も本当だったのだ。


 そしてレラは一つのことに気付いた。


「やっぱりこの前の敵を退却させたのは、おじさんだったんだ……」


 レラは黒い雨を降らし、ゲルチェ王国の部隊を退けたのがレインのおかげだと理解した。


「ありがとうね、おじさん!」


「どういたしまして」


 そしてあまりの情報量にパンクしそうだったレラは、今日のところは帰ることにした。


「また今度、じっくり話を聞かせてね!」


 そう言うとレラは、小雨の中をウキウキとした様子で帰って行った。

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