第5話 撤退と伝言
レインがレヴォルの街の家に戻ると、そこにはレラが待っていた。
「やっと帰って来た! おじさん、どこ行ってたの!」
「ちょっと、そこまでね」
「もうー、呑気なんだから! 早く逃げる準備するよ! 敵はもうすぐそこまで来てるんだから!」
レラはレインを急かし、街から逃げる準備をさせようとした。しかし慌てるレラとは対照的に、レインは落ち着いていた。
「落ち着いて。もう大丈夫だから」
「大丈夫って、どういうこと?」
レインの言葉にレラは疑問を口にした。敵がもうすぐ攻めてくるのに大丈夫なことはないと思ったからだ。
「敵は来ないって意味だよ」
「そうなの? 何でわかるの?」
「それは秘密」
レインのおっとりとした態度と言葉に、レラは落ち着きを取り戻してきた。
「そろそろ報告が来るんじゃないかな」
レインは窓の外を見ながら呟いた。すると数時間後に再び国境警備隊が街にやって来た。街の人は国境警備隊の報告を、固唾を呑んで聞いていた。
「良い報せです! ゲルチェ王国の斥候部隊は退却した模様です!」
「それは本当か? 奴らは攻めて来ないのか?」
「本当です! 当分は攻めて来られないでしょう」
国境警備隊の報せに街の人たちは安堵した。そして次第にパニックは収まっていった。
「きっと黒い雨に恐れをなして逃げてったんだ!」
「黒い雨のおかげで助かった!」
街の人たちは、また黒い雨が守ってくれたと思っていた。
しかし油断は出来なかった。黒い雨がいつでも降ってくる訳ではないからだ。街の人たちは有事に備えて、荷物をまとめたままにしていた。
だがひとまず安心できる状況になったことは確かだった。街の人たちは黒い雨に感謝しながら、また日常を送り始めた。
一方でレラだけは、斥候部隊が撤退したのはレインのおかげだと気付いていた。
※
そして一週間後、国境付近に展開していたゲルチェ王国の部隊は国に撤退していった。撤退したのには理由があった。それはレインの伝言のおかげだった。
国境付近の仮拠点に戻った斥候部隊は、そこで指揮をしていた将軍に事の顛末を話した。
「将軍、ご報告がございます」
「話せ」
「はい。国境付近で斥候部隊が戦闘をした模様です。そして部隊は全員制圧され、帰還しました」
「負けておめおめと帰って来たのか。それほどリンドベル王国の兵士は強かったのか?」
「斥候部隊からの報告ですと、相手は一人だけだったそうですが、人間離れした強さを持っていたとか」
将軍は報告の内容に驚いた。精鋭を集めた斥候部隊が一人の手によって壊滅したと聞いたからだ。
「まだ他にも報告がございます。かねてより危険視していた黒い雨が降ったことも部隊が壊滅した原因だと考えられます」
「やはり、黒い雨は危険か……」
ゲルチェ王国の部隊は黒い雨に難儀していた。いつ降るか予測できない黒い雨により、行軍が止まってしまっているのだ。
「最後の報告ですが、斥候部隊が接敵した人物がこちらに伝言を残しました」
「伝言だと? 内容は何だ?」
「カミカゼという人物宛に、次はないぞ、と警告のような伝言を残しました」
「カミカゼ? 誰だそれは?」
カミカゼのことは将軍ですら知らなかった。
「わかりません、しかし念のため、我らが王にも指示を仰ぐのはどうでしょうか?」
「ふむ、そうするか。では早馬を出せ!」
「承知しました」
そして部隊の状況とレインからの伝言は王にまで届いた。レインの伝言を聞いた王はひどく驚いた様子だった。
「本当にその人物は、カミカゼに、と言ったのか?」
「はい、間違いありません」
「そうか、わかった。もう下がってよい」
王は兵士から報告を受けると、すぐに玉座の間を後にして庭園に向かった。そして庭園でくつろいでいるカミカゼに報告した。
レインからの伝言を聞いたカミカゼは渋い顔をした。そして大きな溜息を吐いた。
「やっぱりレインが出てきたかー」
「カミカゼ様、いかがいたしましょうか?」
王はカミカゼに意見を仰いだ。
「そうだね、今回の進軍はすぐに中止にしよう。レインが出てくるんなら、兵士がいくらいても足りないからね」
「承知しました」
王はカミカゼの決定に素直に頷いた。カミカゼの存在を知っているということは、敵はかなり高位な存在だと予想できたからだ。
王は庭園を後にすると、すぐに大臣や将軍を集めて軍議を開いた。そしてそこで進軍を中止するように言った。
「此度の進軍はあまりにも危険過ぎた。今すぐ作戦を中止させて、兵を戻すのだ」
大臣や将軍は王の突然の判断に驚いたが、王の決定には逆らわなかった。
こうしてゲルチェ王国の侵攻は、レインの手によって終わったのだった。
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