第4話 雨の神

 小雨が降る道を、レインは傘を差して歩いていた。レインの使っている傘は黒の生地に金色の刺繍がしてあり、とてもゴージャスだった。


 しかし服装はいつものヨレヨレな黒のスーツで、足下は磨かれていないブーツを履いていた。


 レインは街道沿いを国境に向かって歩いていた。辺りは木々に囲まれており、小雨が葉を打つ音が心地よく響いていた。


 そしてレインは国境付近に到着した。するとレインの正面から武装した兵士が十数人歩いてきた。彼らはゲルチェ王国の斥候部隊だった。


 レインは向かって来た斥候部隊の前に立ち塞がった。レインが正面に立ったことで斥候部隊の行軍は止まった。


 そして先頭を歩いていた斥候部隊の隊長はレインに話しかけた。


「貴様、何者だ?」


「レインだ」


「そうか。ではレインよ、そこを退くのだ」


 隊長は紳士的にレインに警告をした。しかしレインはそこを退かなかった。反抗的な態度のレインに斥候部隊の兵士は剣を抜こうとした。


 それを見たレインは慌てて話し始めた。


「まぁ待ってくれ。話がしたいだけなんだ」


 レインは斥候部隊と話がしたいと言った。それを聞いて兵士は剣に伸ばした手を引っ込めた。


「いいだろう、手短に話せ」


 斥候部隊の隊長はレインの話を聞いてくれるようだった。


「俺はこの先にあるレヴォルっていう街の者なんだが、お願いあるんだ」


「何だ? 保護でも求めているのか?」


「いや違う。出来ればこのまま何せずに帰って欲しいんだ」


 レインの話を聞いた斥候部隊は笑った。あまりにもマヌケな提案だったからだ。


「はは! 何を言うかと思えば。それは無理な相談だな。我らの王がこの地をご所望なのだ。これは決定事項なのだ。貴様らは大人しく従うか、戦って負けるかしか選択肢はないのだ」


 斥候部隊の隊長はレインの提案を一蹴した。


「話が終わったなら、そこを退け。これ以上無駄話に付き合う気はない」


 隊長はレインに道を退くように勧告した。しかしレインは強い意志を持った目で斥候部隊を見たまま、道を退かなかった。


 それを見た隊長は大きく溜息を付いた。


「しょうがない……、退かなかった貴様が悪いのだぞ」


 隊長は剣を抜いてレインに近づいた。隊長としても民間人を傷つけることは本意ではなかった。


 しかし今回に限って言えばレインが悪いと言える。再三の勧告を聞かなかったからだ。


 隊長はレインに十分近づくとレインを斬りつけた。刃は雨粒を切りながらレインに近づく。誰もがその一撃でレインが死んだと思った。


 しかしレインは隊長の一振りを片手で掴んで、斬撃を受け止めていた。


「何だとっ!?」


 隊長はもちろんのこと、それを見ていた斥候部隊の兵士も驚いていた。隊長は咄嗟にレインから距離を取った。


「やっぱり平和的解決は、いつの時代も難しいよな……」


 レインは少し悲しそうな、諦めたような顔をしていた。そしてレインは差していた傘を畳んで、それを剣のように構えた。


「全員戦闘態勢! 剣を抜け!」


 隊長は斥候部隊全員に指示を出した。それを聞いた兵士は抜剣して臨戦態勢を取った。斥候部隊はレインを侮れない敵だと認識したのだ。


 兵士たちはレインを囲むように陣形を築いた。そしてジリジリとレインとの距離を詰めた。すると一人の若い兵士が率先してレイン斬りかかった。


 レインはその一撃を避けた。斬撃を避けたレインは畳んだ傘で兵士を殴打した。その一撃は傘とは思えないほど重い音がした。


 レインに傘で殴られた兵士はそのまま地面に倒れた。どうやら今の一撃で気絶したようだった。


「怯むな! 全員で斬りかかれ!」


 隊長の指示に兵士たちは一斉にレインに斬りかかった。しかし四方八方からくる攻撃をレインは全て避けた。まるで後ろにも目が付いているかのようだった。


 そしてレインは傘や拳を兵士に叩き込み、全員を地に這いつくばらせた。


「立つのだ、兵士たちよ! 相手は一人だ! 必ず勝てる!」


 隊長は兵士に大声で発破をかけた。それを聞いた兵士たちはまた立ち上がった。


「我々は王からの命を受けてここに来ているのだ! 簡単にやられてたまるものか!」


 兵士たちは自らの使命を思い出し、また剣を構えた。兵士たちに諦めるという考えはないようだった。


「そうか、残念だ……」


 そう言うとレインは悲しそうな顔をした。そしてレインは傘を差した。するとポツリポツリと黒い雨が降り出した。


「何だ、この雨は?」


 黒い雨は斥候部隊に降り注いだ。すると先ほどまで立っていた兵士たちが倒れ始めた。まるで精気を奪われたかのようだった。


 隊長はだけは根性を見せて、膝を付くだけに留まった。しかし黒い雨に確実に精気を奪われているようで、それ以上動くことは叶わなかった。


 そんな隊長にレインはゆっくり近づいた。そして隊長に伝言を託した。


「カミカゼに伝えろ。次はないからな、と」


「か、カミカゼ? 誰だ、それは?」


 隊長はカミカゼという名を聞いたことがなかった。それは当然のことだった。カミカゼの存在は王族の一部にしか知られていないのだ。末端の兵士がその名を知るはずもなかった。


「とにかく伝えろ。わかったな?」


「わ、わかった」


 隊長が伝言を了承すると黒い雨は止み始めた。倒れた兵士は徐々に体力が回復して、立ち上がることが出来るようになった。


 そして斥候部隊はそのままゲルチェ王国の領内へと戻っていった。


 レインは溜息を付くと、ぐっと伸びをした。そして小雨の中を歩いて街へと戻っていった。

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