3話「解き放たれる厄災」

 体術を駆使して国防軍所属の男を蹴り倒すと次に女の者へと狙いを定めるのだが、奴は数歩の後退りを見せたあとMADを身に付けた腕を見せてきて、どうやら最終手段でもある魔法攻撃を厭わない姿勢を主張することで、俺に脅しという行為を掛けてきているようである。


「そこから動くな! 少しでもおかしな真似をしたら即座に火炎魔法を放ち貴様を燃やし尽くす!」


 強気な言葉を敢えて口にすることで自身の恐怖心を押し殺そうとしているようだが、残念ながらその言葉は無価値に等しいことであり何の意味もないことである。理由としては既に女の精神が恐怖に蝕まれているからだ。そんな状態で魔法を行使したところで結果は目に見えている。


「ほう、それはそれは……試してみるか?」


 しかしここで相手の雰囲気の乗るのも一興かも知れないと僅かに遊び心が芽生えると、人差し指を曲げて挑発行為を見せつけると魔法を発動するように促す。

 すると女の額には綺麗なほどに青筋が浮き出ると、


「チッ、この実験体風情が舐めた口を利くな! 人間様に作られたお前に私が臆すると思うなぁぁぁぁっ!」


 全身を怒りで支配されたような動きを見せると同時にMADを起動させていた。

 そして自身の手のひらに炎の塊を具現化させると、奴は何の躊躇いもなく具現化させた炎の塊を投擲してくる。


 ……だがその行為は実に浅はかなものだと言わざる他ないだろう。

 ここで忘れてはならないのは今は雨が永遠と降り続けているということだ。


 つまりこの状況で火炎魔法を使うということは随分と相性の悪い事をしていて目の前に迫る炎の球体は雨の影響を諸に受けていくと、最初こそサッカーボールぐらいの大きさ有してたいが今ではそれが二回りほど小さくなり、まるで初心者が放つ火炎魔法の規模で到底国防軍の訓練された軍人が放つような魔法の強さではない。


 それ故にこの程度の火の塊ならば避けるまでもないとして、


「この程度なのか? 国防軍の実力というのは」


 そう言いながら右足を振り上げると火の塊を蹴り上げて上空へと飛ばして飛散させた。

 しかし幸運なことに雨が降り注ぐおかげで周囲に余計な火の粉が落ちることはなかった。


「う、嘘でしょ……。私の魔法をただの一度の蹴りだけで消滅させた……ですって……」


 目の前で起きた一連の出来事に女は理解が追いついているのかいないのか目を丸くさせて何処か負け犬のような表情を浮かべると、さらに後退りをして後ろに下がるが途中で足元をつまづかせて力なく地面へと尻をつかせて倒れていた。


「まったく、この程度の実力で国防とは笑わせてくれるな。まあそれでもお前は軍の中でも下級の者みたいだし仕方ないか。寧ろこの程度の実力が妥当と言う方が的を得ているか?」


 地面に倒れて露骨に怯えている女の姿を見ながら、制服に付けられている階級章を確認して口を開くと、どうやら奴の階級は伍長であることが分かる。つまりは最下級の下士官であるということだ。そして階級の確認を終えると女へと近付く為に歩みを進め始めるが、


「ひぃっ……ち、近づくな! こっちに来るな! この化物が! 非人間! 人造人間がぁぁぁ!」


 距離を縮めていく度にありとあらゆる暴言を吐き捨てて些細な抵抗を試みていた。

 だがそれでも奴は完全に戦意を喪失しているのか、腰を上げて立ち上がろうとする素振りは一切見せなかった。


「そう怖がることもない。別にお前の命を奪うことは考えてないからな。……しかしそれでも受けた痛みは全て返させて貰うぞ。俺はこう見えても新の男女平等主義者なんでな」


 やがて腰を抜かしている女の目の前へと立つと、一応安心させる目的で殺しはしないと伝えてみたのだが、何故かそれは想像以上に効果があるようで、今にも白目を向いて気絶しようとしていた。


 けれどこれは恐らく奴の防衛反応が仕事を全うしている証拠であり、気絶さえできれば全てから解放されると生物としての本能が理解していたのだろう。


 だがしかし俺は相手の気絶を待つほど生易しい人造人間ではない。

 それ故に女が意識を完全に失う前に右足を僅かに上げると、そのまま足先を奴の脇腹へと目掛けて叩き込む。


 その際に骨が砕けたのか妙な感触が足先から伝わるのだが、内蔵系にまでは損傷が及んでいないのか臓物が破裂するような不快な感覚は一切ない。


「あ”っ”ぁ”ぁ”あ”っ”!?」


 気絶をする事で現実世界から逃れようとしていたようだが、新たなる痛みを受けて意識を強制覚醒させられると、女は声にもならない断末魔を上げて目から光を失うと共に、細い糸が切れるようにして背中から冷たい地面へと倒れ込むと、漸く気絶という名の本懐を成し遂げていた。


「これで俺に暴行を働いた奴らに借りは返したことになるな」


 白目を向いて泡を吹きながら倒れている女を見て気分が晴れていくのを実感すると、今度は両手を封じている枷を外す為に行動を移さないといけなく、余計な手間を取らせたことに関しては二人の軍人は評価に値するのかも知れない。


 そして手を封じている枷の鍵は恐らく奴が所持している可能性が高く、俺としては意識のない女性の体に触れるのは普通に嫌なのだが……まあ今回は仕方がないとして腹を決めると奴が着ている制服の中へと手を忍ばせる。


「はぁ……限りなく面倒なことをしてくれる。だが俺が平等主義者ということに感謝することだな、まったく」


 愚痴を吐きつつも適当に制服の中を探り始めると指先にカード状のような物が触れる感覚を受けて、これが枷を外す為の電子カードキーであることを確信すると、それを人差し指と中指の間に上手いこと挟んで取り出すことに成功する。


 どうやら女は胸ポケットの内側に電子カードキーを忍ばせていたようだが、こういうのは大事に肌身離さず厳重なところに隠しておくべきだろうな。

 でないと拘束を解かれた化物が世に解き放たれてしまうことになる。

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