第7話 話題の子

 憂鬱だ。

 部活は活動停止なのに登校はしなきゃいけない事。まだ微妙に変身後の後遺症が残っている事。

 そしてなにより、魔法少女に変身した俺が"ムッキマン"と言う不本意な名前で広まってしまったこと。


「これはしっかりと名乗っていなかったノゾムが悪いぞ。」

「なかなか的を得ていると思うッチ。」

「なんであんたらついて来てんの?」


 ここは通学路。肩を落として歩くのぞむにベルとテッチがついて来ていた。


「なぜって、今ノゾムが向かっている場所はこの世界の学び舎なのだろう?一体どんな事を教わっているのか気になるだろう。」

「それに、ネガティブルが現れた時にお前を連れて行くためッチ。」


 困る。ベルの格好は故郷の正装とかなんとかで周りからもちょっと浮いてるし、白いのに至っては存在が怪しい。

 そんな二人を人の目が多い平日の学校に連れて行くのは気が引ける。


「安心しろ、認識阻害魔法を使っている。私達を知っている者以外には見えないし声も聞こえない。頭で考えるだけで会話もできるぞ。」


 そういえば確かに誰も浮いているテッチとベルを見ていない。なんとも不思議な光景である。


 道行く学生たちは口々に魔法少女のことを話している。

 周りにはやたら筋肉質の小さな少女に見えており、俺だとバレることはないとは言え、格好に納得はしていないからあまり聞きたくないのが本音。


「あ!先輩!おはよーございますー!」

 不意に後方から元気な声に呼び止められた。


速水はやみか、おはよう。」

「先輩もう風邪は大丈夫なんすか?珍しいから心配しちゃいましたよー!」

「んぁあまぁな。心配かけてすまんな。」

 風邪とごまかしていたの忘れてて変な返事をしてしまった。


「ノゾムの知り合いか?」

「俺の後輩だ。」

「先輩なんか言いました?」

「いや、独り言。」

 速水はやみゆい、中学のころから付きまとわれており、現在は同じ武道部。家の方向が大体一緒らしく、たまに鉢合ってはつっかかってくる一つ下のかわいい後輩である。


「あ!そういえば先輩聞きました?うちの学校に魔法少女でたんですって!」

「え゙っ!?あっと、ニュースでぇ、やってたナァ。」

 突然の触れてほしくない話題に声が裏返る。

「そうなんすよ!見たかったんですけど、私ら屋内の部活だから駆け付けた頃にはもう片付いちゃってて!」

「えー、あー、残念だとは思うが、わざわざ危険を顧みず見に行くもんではねぇと思うが?」

「それは、そうなんですけど…あ!でも別の見たんすよ!」


「人が空を飛んでたの!」


 速水以外の三人の息が止まる。


 それは俺達だ。

 変身を解いた後、騒ぎが大きく正面から帰るわけにもいかず、テッチに屋上から運んでもらったがまさか見られていたとは。


「おい見えないようにしてたんじゃねぇのか!?」

「当然ッチ!認識阻害の魔法を使っていたから見えるはずないッチ!」

「だ、だがその直前に修復魔法を使っていた。もしかしたら魔法が減ってて阻害効果が不十分だった可能性が!?」


 ごまかすか?いや待て、まだそれが俺とは言ってないから今は適当に話を合わせとくのが正解ッ…!


「で、どっからどう見ても先輩でー、びっくりしちゃったんすよ!」


 さーて、どうごまかそうかな。


「もしかして先輩って空飛べます?」


 なんだその質問。"いいえ"以外の返答はしないしめっちゃ言い訳するぞ?何か意図がある?だがこの子そんなに賢いと思ったことはない、なんなら飛べるなら自分も飛びたいと思ってるような目の輝きだぞ。ただの興味本位か?探りに来ているのか?どっちだ……!!!



「飛べないが。」

 俺は考えるのをやめた。


「ですよねぇ。私たぶんテスト明けで疲れてたんすね。先輩風邪でしたもんね。」

「えっ、うん、そう、だな。」


 あっさりとした速水の態度が腑に落ちないが、本人が納得しているのであればよしとしよう。視線の先が俺ではなかったような気がしたがたぶん気のせいだろう。

 それじゃあと日直だったことを思い出した速水は、馬の尾の様に束ねた長い髪を揺らしながら元気に手を振り急いで駆けて行った。


「退散するときの対策、考えねぇとな。」

「そうだな。」



 *



 朝のHRホームルーム前の教室も魔法少女の件で賑わっていた。


「この前の建物が学び舎だったのか。君と先程の女性と同じ服を着た者がたくさんだな。指定の服装なのか?」

「そうだけど、あんたら見えないだけで実体はあるんだから下手に動かないでくれよ?」

「任せるッチ。姫様のことは僕がおとなしくさせておくッチ。」


 度々思うがこの白いの、主であるベルに対してやけに無礼では?本人が気にしていないなら問題ないと思うのだが。


「やぁ、おはようノゾム。体はもう平気か?」

「ああ、おかげさまで。」

 先に登校して席についていたひろしと挨拶を交わす。


「ノゾム、流石に見たよね?"魔法少女ムッキマン"のニュース。昨日はそればっかりだったしな。」

「うん…」

「なんで露骨に元気がなくなる?」


 触れないでくれ。当事者としてはなにも楽しくないんだ。


「この前の公園ではあの子がノゾムを助けてくれたんだよね!感謝しなきゃだ。」


 実際はそこにいるベルが助けてくれたんだがな。


「しかし、俺の妄想が現実だったとはな。バケモノにそれを倒すヒーロー。」


 まさかその妄想が詳細含めて大正解だったとは思わんかったよ。


「ムッキマンもカッコイイな!あんな小さな体であんなバケモノと戦うなんて!」


 実際はパツパツの服着たツインテールの俺なんだがな。


「ところでだ、俺はあの筋肉を持った人物を知っている。」


 突然の静寂。


 張り詰める空気、視線が広に集まる。

 まずい、そういえばこいつは人の筋肉を見ることが好きな奴だった。見るだけではなく自身もちゃんと鍛えているがそんな話はどうでもよくて、俺の筋肉を見慣れているという事が厄介だ。

 だが、俺自身と周りが見えてる魔法少女の俺は筋肉のつき方が違うはず、たぶん。


「あの筋肉の持ち主、すなわち魔法少女ムッキマンは-」

 机に肘をついて組んでいた手をほどき、指をさす。


「ノゾム、お前だ。」

「んなわけあるか。」


 即答。


 固唾を飲んで話を聞いていた教室内はまた騒がしくなり、広の予想が全くの的外れだと思われた事を意味する。当たってるけどな。

 魔法少女とか言うバケモノと戦う存在など非現実的だ。いくら男かもと噂があれど、見た目は体のでかい俺とは似ても似つかない小柄な女の子だ、正体が俺だとなるはずもない。


 ベルとテッチも安堵している。正体を知る者が増えると、どこからか情報が広まって敵に俺が無防備な状態を悟られてしまうから、バレないに越したことはないらしい。


 おかしいと首を傾げる広をよそに、予鈴が鳴り響く。

 今日は校長が学校に現れたマジムリーの話を全校生徒の前で行い、すぐに帰宅の流れとなった。当面は授業時間を減らして早めに帰宅できるよう努めるとの事。



「授業はする、俺達も守る。両方やらなくっちゃあならないってのが学校のつらいところだな。」

「大変な覚悟だな。授業減らして守れるのかは知らんけど。」

 広と希は帰路についていた。授業が一切なくさっさと帰ることになったため、ベルはふくれっ面をしていた。


「ノゾム、学び舎の授業を見るために私はこれからもついていくぞ。」

「あぁ、見つからねぇようにだけしてくれよ。」ため息交じりの返答。

「もちろん、任せてくれ!」

 そう言いつつも好奇心からか存在がバレかねない行動がちらほらあったし不安ではある。が、どうせついてくるだろうから諦めるしかない。

 隣では広が魔法少女の正体を希に問い詰めていた。


「魔法少女ムッキマンは絶対にノゾムだ。変身することで姿は変わっても筋肉は嘘をつかないからな。」

「筋肉だけで俺になるのおかしいだろ。」

「俺が見慣れた筋肉を見間違うはずがない。あの上腕二頭筋はノゾムだ。」

「お前の友達、ちょっと気持ち悪いッチ。」

「本当にな。」


 明かす予定はないが筋肉で正体がバレそうになっているのは腹が立つ。もっとなんかあるだろ。

 まぁ、噂話が好きすぎて現地まで行くような奴に目をつけられたからその内バレそうな気はしている。


 ひろしの問答をかわしながら二人は公園に差し掛かかった。

「あ、そう言えば初めて魔法少女が現れたのってこの公園だよね。」

 南新円公園、通称"クソデカ公園"。名前の通りやたら広く、市のシンボルにもなっている。


 公園内では子ども達が元気に遊んでいる。

 市からは危険だから外出は控えるようにと言われていたが、実物を見ない限りあんなバケモノはフィクションにしか思えないだろうな。俺だって被害者になってなきゃ信じられないし。


 ふと、三人組の子どもの一人と目が合う。

「あー!筋肉の兄ちゃん!」

 残りの二人も俺達に気が付き、嬉しそうに駆け寄る。

 よく見ると第一話で見かけた子ども達だ。広から家まで送って行ったと聞いたが無事でよかった。


「にいちゃんあれから見ないから心配したぞ!」「けがとかしてないの?」

「もちろん、魔法少女が助けてくれたからな。ピンピンしてるぜ。」

 のぞむはグッと力こぶを作る。


「ひろしも助けてくれてありがとー!」

 子ども達が広に一斉にお辞儀をする。広は大したことはしてないと言うが、少し照れくさそうだった。


「ねぇにいちゃん、今日は巨大ロボごっこできるの?」

「悪ぃな、今日はおつかいを頼まれてるんだ。また今度な。」

 子ども達は残念そうな顔をするが、おつかいと聞くとやけに聞き分けが良かった。


 子ども達に別れを告げ、先にある商店街へ歩き出した瞬間、公園から悲鳴が聞こえてきた。今しがた別れを告げた子ども達が広へ不安そうに抱き着いていた。

 二人が振り向いた先では二本のシーソーがマジムリーとなって人々を襲っていた。

 側にはネガティブルのウルハントもいる。


「な、なに、あれ…?」広の顔が引きつる。


「ウルハント!またあいつか!ノゾム、変身だ!マジムリーを倒すぞ!」

「わかってる…!けど…!」

 鞄から変身パカットを取り出さんとする手が震える。


 隣には広がいる。目の前で変身をすれば俺が魔法少女だとバレる。

 ことが問題なのではなく。


 "魔法少女姿を広に見られる"ことの方が大問題である。


 俺が魔法少女になった姿。あの不本意でしかない姿を完全な他人ならまだしも、知り合いに見られるというのは思春期の高校生には堪える。たった二度の変身で吹っ切れ始めてはいるが、それとこれとは話が別。無理。


「ノゾム!もう三回目!いい加減変身に慣れるッチ!僕は覚悟できてるッチよ!」

「テッチ、隣を見るんだ、ノゾムの友人がいる!正体を隠すために変身が出来ないんだ。何とか引き離す必要がある!」

「あっ、そうか。それなら…」

「よう、姫さん。のこのこ目の前に現れてくれて感謝するぜ。」

「「えっ」」


 希が声のする方を振り返ると、ベルの後ろにウルハントが瞬間移動していた。そして、そのままマジムリーの傍へ連れ去って行ってしまった。


「あっ…!」「姫様!!」

「クハハハ!探す手間が省けて嬉しいぜ!変身をしていない貴様等から姫さんを奪うなんて、なんとも楽な仕事だぜ。」

「くそっ離せっ!」

 ベルの両手を後ろ手に押さえ、マジムリーの体へ押し付ける。すると、ベルがマジムリーに飲み込まれてしまった。


「し、白いの、ベルが吸い込まれてしまったぞ!助けれるのか!?」

「大丈夫ッチ。マジムリーを倒せば助け出せるッチ。ウルハントがこのまま帰らなければ、だけど。」


「さて、あとは、貴様らを排除して帰ればおしまいだ。」

 高笑いしていたウルハントがノゾムとテッチを睨む。

 しめた、ついでに俺も倒すつもりだ!帰る判断をされる前にベルを助け出す!


「ノゾム!あの人達の記憶消去は任せるッチ!変身だ!」

「おうよ!ヒロシ!ガキンチョ連れて逃げろ!」

 二体のマジムリーのうち、一体が希の目の前に降ってきた。

 希の声にハッとした広はしがみついて離れない子ども達と、歩きにくそうにじりじりと移動を始めた。


 早く魔法少女へ変身…………

 出来ない!鞄から取り出したそれは弁当箱だった!

 改めて鞄をまさぐる隙が無い。マジムリーの拳が希に何度も振り落とされ、それを間一髪で避け続ける。


「何をしてるッチ!早く変身を!」

「そうしたいのは山々だが見つかんねぇんだよ!あれが!!」

「なんでそんな物の中に入れとくんだッチ!変身パカットは見えないように首からぶら下げとくのが常識だッチ!!!」

「嫌に決まってんだろ!そんな隠す気がない常識!!!」


 見えない何かと言い争いをしている希を広は遠巻きに見ていた。

「あいつら、ノゾムが狙いなのか?それに、変身って。」

「いや立ち止まるな、今はこいつらを連れて逃げるんだ。行くぞ、お前達。」

 広は少し足早に立ち去ろうとする。


 一方、なかなか希を倒すことが出来ないウルハントは次第にイライラが募っていた。

「チッ、マジムリー!そこのガキどもを人質にとれ!」

「はっ!?おいテメェ卑怯な!」

 ウルハントの指示を聞いたマジムリーは、希から目を離し広たちの方へ走り出して行った。


 ずんずんと迫ってくるマジムリー、遅れながらも後を追う希。

「おいおい、ば、万事休すか…?」

 逃げ切れないと悟った広は子ども達をひっぺがして放り投げ、かばう姿勢をとった。

「うわあぁぁん!ひろしぃー!!」

「ノゾムー!助けてくれぇ!!!」


 鞄をひっくり返し中身をぶちまけ、落ちた変身パカットを拾い上げる。ダメだ、今から変身しても間に合わない!


「ノゾム!変身中は周りの時間が止まるッチ!間に合うッチ!」

 マジかよ都合がよすぎる!が!

「信じていいんだな!?白いの!!」

 テッチは大きくうなずく。


「キラメキ!!メイクアーップ!!」


 変身パカットを開き叫ぶ。そして前方へ大きくジャンプする。


 髪がピンクに染まる

 生えるツインテール

 肘まで伸びる真っ白なグローブ

 少しかかとの高いローングブーツ

 ピンクをベースカラーとした白のフリフリドレス

 を、筋肉がミチミチと引き延ばす

 その胸には変身アイテムがパッと咲く


 -両足を揃え、華麗に着地。


 広を捕らえようとするマジムリーの手をがっしりと掴みぶん投げる。

 そして決め台詞。


「人様に迷惑をかける悪党め!ミンチにしてくれる!!」


「よかった、マジで時間が止まってやがった…あっ、よし!無事だな!?ヒロシ!」


 やたら筋肉質の大男が魔法少女となって、半身を広に向け安堵の表情を見せる。


「キッッッッッッッツ!!!!!!!」

「うるせぇ!!!!!!!!!!!!!!!!」

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