第2話 魔法少女、推参
けど、その程度のものでバケモノなどど言われた未知の代物に立ち向かおうと考えるのは自分でもおかしいと思うが、背を向けて立ち去ろうとは思えなかった。
この公園は三つの大きな区画に分かれている。
先程までいた遊具エリアから、騒ぎがあったイベントスペースを繋ぐ並木道を希はひた走る。
少し曲がりくねった道で見えにくいが、木々の間からは巨大な何かが動いているのがわかる。
様子を探るため、茂みに隠れながら近づく。
広場には手が四本ある恐ろしい顔をした木の様なバケモノがいる。
その手には捕まった人が二人。その内の一人の男から何かを吸い出しているように見える。
「なんか……だんだん元気がなくなってきてないか?」
つい今しがたもがいていたはずの男は徐々に顔色が悪くなり、ついには人形のようにだらんとうなだれてしまった。
もう用済みになってしまったのか、バケモノは男を興味なさげに放り投げてしまった。
よく見るとバケモノの足元には数人、皆力なく倒れていた。
そして、片手に掴むもがくもう一人の男を目の前へと持ってくる。
あのままではあの人も同じようになってしまう。
そう考えた瞬間、希は踏み出す。反射的な、咄嗟の行動だった。
そして手に取った丁度良い長さの棒をバケモノの手へ叩きつける。
「ッ小手ェ!!」
棒はへし折れてしまったが、捕まっていた人を助け出すには十分な威力だった。
サッと振り返り、構えをとる。
男は地面に落ちるなり、希に礼を言いさっさと彼の後ろへと逃げて行った。
不思議と前にも同じような事があったのではないかと錯覚しつつ、手にある折れた棒を投げ捨て、空手の構えを取る。
「貴様、ずいぶん威勢がいいじゃないか」
バケモノが喋った? いや、
「奴が来ないから狩り放題、と思ったが余計な邪魔が入ったもんだ」
獣がやれやれといった動作で話しだす。
「だが貴様、自分が餌だということがわかっていないようだな。そのあふれ出る陽の気……なんか見覚えがあるぞ」
顎に手を当てじっくりと希を見回す。
「俺は二足歩行の犬に見覚えはないのだが」
「俺様は狼だ!」
「しかし思い出したぞ、貴様以前俺様をぶん投げた奴だな?」
俺がこいつをぶん投げた? いつだ、そんなことをしているのであれば、覚えていない方がおかしい。
ふと、
"魔法とか特殊な機械とかで周りの人たちの記憶を消しているから――"
あいつの妄想が現実味を帯びてくる。
確かに最近何度か記憶が飛んでいる時があるような気がしないでもなかったが、妄想の通りなら納得がいく。
この現実離れした光景を前にしてやけに落ち着いているのも、おそらく過去に対峙したことがあるからなのだろうか。
「あの時は不覚を取ったが今回はそうはいかんぞ! 行け、"マジムリー"!」
獣がそう叫ぶと、隣にいたバケモノが希に襲い掛かる。
巨体から伸びる四本の腕を俺は横っ飛びで順に避けていく。
気合ですべて避け切ったその目の前に、奴が突如現れた。
そのまま顔を鷲掴みにされ、バケモノの体へ叩きつけるように投げつけられる。
全身に衝撃が走り、一瞬息が止まる。体は弾かれ、地面にうつ伏せで倒れこむ。
「クハハハ! 正面からやり合えば所詮こんなもの! 必要なもんだけ貰えば生かしといてやるから安心しな!」
痛みで動けない希をバケモノは拾い上げ、何かを吸い取り始めた。
自分の中の元気のようなものが抜けていく、体に力が入らなくなってきた。もうだめだ、おしまいだ……
意識が朦朧としてくる中、どこからかけたたましい声が聞こえてきた。
その瞬間、何かが流星のようにバケモノへと突っ込んできた。
バケモノは隣にいた獣を掠めるようにズズンと倒れ、俺は空中に投げ出される。
何とか受け身を取りつつ力なく起き上がると、目の前には女の子が立っていた。
ピンクの大きなツインテール
そのピンクをベースカラーとした白のフリフリドレス
肘まで伸びる長い真っ白なグローブ
少しかかとの高いロングブーツ
これは、日曜日朝の女児向けアニメ的なアレだ。
「そこまでよ! ウルハント! 覚悟しなさい!」
「おのれ来たか! レディ・ピンク!」
なんかそれっぽいやり取りしてるし間違いない。
「駆け付けるのが遅れてすまない! 大丈夫……」
「って、また君なのか?」
女の子は驚いた様子でいたが、肘をついて起き上がれない希を見てハッとする。
「そうじゃなくて、テッチ! この方を避難させてあげて」
「任せるッチ!」
ポンと白いたれ耳のマスコットのような生物が返事をしながら出てきて、女の子の後ろへ引きずっていく。
「ありがとう、プ〇キュア」
「私はレディ・ピンクだ」
女の子が前を向いたまま返事をした。
*
この白い生物、名前を"テッチ"と言う。
テッチに運ばれ、少し離れた茂みへと身を隠す。
「あの子が力を使うためには僕が傍にいないといけないからここまでッチ。あとは自分の力で逃げるッチ」
とは言うが、さっき何かを吸われた事と、体の痛みで動けたもんじゃない。
ふと、こいつがやたら不安気に女の子を見守る姿が、なぜか気になってしまった。
「あの人、強いんだろ? なんでそんな暗い顔して見てるんだよ?」
テッチはこちらを振り向かずに答える。
「奴らの悪事を止めるためにあの子はずっと休みなく戦ってるッチ」
「君たちには悪いと思うけど、この町を見捨てて休みに専念することだって問題はないはずなのに、絶対にダメだって」
「もう心も体も限界のはずなのに…」
二対一ながらも奮闘する女の子を見て思うところはある。
身を削ってまで戦うあの人の手助けはしたい。が、生憎ようやく体が動かせるようになっただけの自分にはできることなどなく、"ヒーローが来るまでの足止め"を果たした今、この場から立ち去ることが最善なのかもしれない。
そう考え、戦いの場に背を向け歩き出そうとしたところ、「きゃあ」と言う悲鳴と共に、ボロボロになった女の子が吹き飛ばされてきた。
気絶してしまったのか、程なくしてピンク色の髪の女の子が光に包まれ、金色の髪の姿へと変わった。
「ままままずいッチ! 変身が解けてしまったッチ!」
その姿を見た狼の獣が目の色を変えた。
「おいおいおい、レディ・ピンクはお姫さんだったのかぁ!?」
「大収穫じゃないか! 奴を連れ帰れば俺様達の野望達成に大きく近づくぞ!」
そう言うと獣はバケモノを連れて女の子に近づいてくる。
「お前、動けるッチ!? 僕があいつを食い止めるから姫様を連れて逃げるッチ!」
テッチがあわあわしながら女の子の元へ飛んでいく。
勇気ある話だが、あんな小動物などあいつらにとっては障害にもならないだろう。
そして、俺は人一人背負って逃げ切るほどにはまだ動けない。
ヒーローとして飛び込んできたのがあの女の子だ、もう誰も彼女を守り助けることが出来る者はいない。
――違う、俺がいる。
希が仁王立ちになり両者の間に立ちふさがる。
「貴様、なんのつもりだ?」
多少ふらつきながらも、自分に指をさし啖呵を切る。
「お前の相手は、この、俺だ」
「ほぅ?」獣の顔が引きつる。
「何をしてるッチ! 僕は姫様を連れて逃げてと言ったッチ!」
「……すまんな、生憎俺にはその人を連れて逃げる気力なんてない。だからって見捨てる事もやっぱり出来なかった。助けてくれたからな」
俺はヒーローものの漫画が好きだ。
物語の中の彼、彼女らはどんなに強大な敵でも絶対に諦めない。たとえ格上の相手だろうと臆病風に吹かれて逃げることもしない。
仲間と共に戦い抜くそれはいつ見ても気分が高揚した。
ただ、今この場で彼らと違うことは、仲間も戦う力もない。
足止めなんかじゃない。
今、あいつらを退けることができる戦う力。
「クハハハ! まさかただくたばりに来ただけとはな! ならば貴様の気を吸い取り切った後、姫さんを連れ帰るとしようか。」
バケモノが無抵抗の希を掴み気を吸い取り始める。
意識が、遠のく――
なんだっていい、俺が――
俺が! ヒーローになるんだ!!
――――――――強烈な閃光がほとばしる!!!
それは! 希の足元からだった!
光に怯んだバケモノの手から逃れた俺は、導かれるように光輝く"それ"を手にする。
見たこともない物のはずなのに、俺はこれを知っている。
「そんな、君が……君が……!?」
「この光は、まさかあいつ!」
「「適合者!?」」
テッチと狼の獣が口をそろえて叫ぶ。
「お前! えーっと、名前!!」
「名前……? ノゾムだけど……」
「ノゾム! 変身するッチ!」
「魔法少女に!!」
………………えっ
「ま……魔法"少女"ぉ!? 俺は男だぞ!」
「見ればわかるッチ! でも変身パカットがお前を選んだッチ!」
「ノゾムは魔法少女の適合者だッチ!!」
「嘘だろ……? 確かになんでもいいとは言ったけど、少女ってのは普通女の子をさす言葉だ、どうにも無理があるだろ……」
「なにを躊躇してるッチ! 早くするッチ!」
「おのれ適合者が別世界にいるとは! しかも男! もう生かしてはおけん! やれ、マジムリー!」
「マァジムリィィィ!!!!」
「うわあぁぁ! ノゾムー!」
「あーわかったよ! どうせやらなきゃ死ぬんだ! やってやらぁ!」
変身パカットを開け、真ん中のボタンのようなものに手を触れる!
そしてそれを天にかざし叫ぶ!!
「キラメキ! メイクアーップ!」
希の全身が光に包まれる!
髪がピンクに染まる
生えるツインテール
肘まで伸びる真っ白なグローブ
少しかかとの高いロングブーツ
ピンクをベースカラーとした白のフリフリドレス
を、筋肉がミチミチと引き延ばす
その胸には変身アイテムがパッと咲く
――両足を揃え、華麗に着地。
しっかり前を見据え、決めポーズに決め台詞!
「人様に迷惑をかける悪党め、ミンチにしてくれる!」
その魔法少女はやたら筋肉質の大男だった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます