第2話 魔法少女、推参

 のぞむは先ほどまでいた遊具エリアから、イベントスペースとなっている広場を繋ぐ並木道を走っていた。

 少々曲がりくねった道のため見えにくいが、木々の間からは大きな何かが動いているのがわかる。

 様子を探るため、茂みに隠れながら近づく。


 広場には手が四本ある恐ろしい顔をした木の様なバケモノがいる。

 そして、その手には捕まった人が二人。その内の一人から何かを吸い出しているかと思えば、その人はみるみると体から力抜けた様にぐったりしてしまった。

 バケモノはぐったりした人には興味がなさげに放り投げ、もがくもう一人の男を目の前へと持ってくる。

 あのままではあの人もバケモノの餌食になってしまう。


 そう考えた瞬間、希は駆けだす。反射的な、咄嗟の行動だった。

 そして手に取った丁度良い長さの棒をバケモノの手へ叩きつける。

「ッ小手ェ!!」

 棒はへし折れてしまったが、捕まっていた人を助け出すには十分な威力だった。

 サッと振り返り、構えをとる。

 男は地面に落ちるなり、希に礼を言いさっさと彼の後ろへと逃げて行った。


 不思議と前にも同じような事があったのではないかと錯覚し、手にある折れた棒を投げ捨て、バケモノを見据える。


「貴様、ずいぶん威勢がいいじゃないか。」

 バケモノが喋った?いや、かげに二足歩行の服を着た獣がいる。

「奴が来ないから狩り放題、と思ったが余計な邪魔が入ったもんだ。」

 獣がやれやれといった動作で話しだす。

「だが貴様、自分が餌だということがわかっていないようだな。そのあふれ出る陽の気……見覚えがあるな。」

「俺は二足歩行の犬に見覚えはないのだが。」

「俺様は狼だ!」

「しかし思い出したぞ、貴様以前俺様をぶん投げた奴だな?」

 俺がこいつをぶん投げた?いつ?そんなことをしているのであれば、覚えていない方がおかしい。

 ふと、ひろしの言葉が頭をよぎる。


 "魔法とか特殊な機械とかで周りの人たちの記憶を消しているから-"


 あいつの妄想が現実味を帯びてくる。

 確かに最近何度か記憶が飛んでいる時があるような気がしないでもなかったが、妄想の通りなら納得がいく。

 この現実離れした光景を前にしてやけに落ち着いているのも、おそらく過去に対峙したことがあるからなのだろう。


「あの時は不覚を取ったが今回はそうはいかんぞ!行け!"マジムリー"!」

 "マジムリー"と呼ばれるバケモノが希に襲い掛かる。

 巨体から伸びる四本の腕を希は横っ飛びで順に避けていく。

 気合ですべて避け切ったその目の前に、狼の獣が突如現れた。

 そのまま希の顔を鷲掴みにし、バケモノの体へ叩きつけるように投げつけた。

 全身に衝撃が走り、一瞬息が止まる。体は弾かれ、地面にうつ伏せで倒れこむ。


「クハハハ!正面から戦えばこの程度!必要なもんだけ貰えば生かしといてやるから安心しな!」

 痛みで動けない希をバケモノは拾い上げ、何かを吸い取り始めた。

 自分の中の元気のようなものが抜けていく、体に力が入らなくなってきた。もうだめだ、おしまいだ…。


 意識が朦朧としてくる中、どこからかけたたましい声が聞こえてきた。

 その瞬間、何かが流星のようにバケモノへと突っ込んできた。

 バケモノは隣にいた獣を掠めるようにズズンと倒れ、希は空に放り出された。

 何とか受け身を取りつつ力なく起き上がると、目の前には女の子が立っていた。


 ピンクの大きなツインテール

 そのピンクをベースカラーとした白のフリフリドレス

 肘まで伸びる長い真っ白なグローブ

 少しかかとの高いロングブーツ


 これは、プ〇キュアだ。


「そこまでよ!ウルハント!覚悟しなさい!」

「おのれ来たか!レディ・ピンク!」


 ほらそういうやり取り。間違いない。


「駆け付けるのが遅れてごめんなさい!大丈夫…」

「って、アナタまたなの?」

 女の子は驚いた様子で言うが、肘をついて起き上がれない希を見てハッとする。

「そうじゃなくて、テッチ!この方を避難させてあげて。」

「任せるッチ!」

 ポンと白いたれ耳のマスコットのような生物が返事をしながら出てきて、女の子の後ろへ希を引きずりながら移動する。


「ありがとう、プ〇キュア。」

「私はレディ・ピンクよ。」

 女の子が前を向いたまま返事をした。


 *


 この白い生物、名前を"テッチ"と言う。

 テッチに運ばれ、少し離れた茂みへと身を隠す。

「あの子が力を使うためには僕が傍にいないといけないからここまでッチ。あとは自分の力で逃げるッチ。」

 とは言うが、さっき気とやらを吸われた事と、戦闘のダメージで動けたもんじゃない。

 心配そうに女の子を見つめるテッチに希が話しかける。

「あの人、強いんだろ?なんでそんな不安そうに見てるんだよ。」

 テッチはこちらを見ずに答える。

「奴らの悪事を止めるためにあの子はずっと休みなく戦ってるッチ。」

「君たちには悪いと思うけど、この町を見捨てて休みに専念することだって問題はないはずなのに、絶対にダメだって。」


「もう心も体も限界のはずなのに…」


 二対一ながらも奮闘する女の子を見てつぶやく。

 身を削ってまで戦うあの子の手助けはしたいと思うが、生憎ようやく体が動かせるようになっただけの自分にはできることなどなく、"ヒーローが来るまでの足止め"の通り、この場から立ち去ることが最善なのかもしれない。


 そう考え立ち去ろうとしたところ、「きゃあ」と言う悲鳴と共に、女の子がこちらに吹き飛ばされてきた。ボロボロの女の子は力なく倒れている。

 程なくしてピンク色の髪の女の子が光に包まれ、金色の髪の姿へと変わった。

 その姿をみた狼の獣が目の色を変えた。


「おいおいおい、レディ・ピンクはお姫さんだったのかぁ!?」

「大収穫じゃないか!奴を連れ帰れば俺様達の野望に大きく近づくぞ!」

 そう言うと獣はバケモノを連れて女の子に近づいてくる。


「ままままずいッチ!変身が解けてしまったッチ!」

「お前!動けるッチ!?僕があいつを食い止めるから姫様を連れて逃げるッチ!」


 テッチがあわあわしながら女の子の元へ飛んでいく。

 勇気ある話だが、あんな小動物などあいつらにとっては障害にもならないだろう。

 そして俺も動けるとは言っても人を背負って逃げ切るほどには動けない。

 ヒーローとして飛び込んできたのがあの女の子だ、もう誰も彼女を守り助けることが出来る者はいない。







 -違う、俺がいる。







 希が仁王立ちになり両者の間に立ちはだかる。

「貴様、なんのつもりだ?」

「お前の相手は、この俺だ。」

 多少ふらつきながらも構えをとる。

「ほぅ?」獣の顔が引きつる。

「何をしてるッチ!僕は姫様を連れて逃げてと言ったッチ!」

「生憎、俺にはその人を連れて逃げる気力なんてない。だからって見捨てる事もやっぱり出来なかった。助けてくれたからな。」


 俺は漫画が好きだ。特にヒーローものが好きだ。

 物語の中の彼、彼女らはどんなに強大な敵でも絶対に諦めない。たとえ敵わなくとも臆病風に吹かれて逃げることもしない。

 仲間と共に戦い抜くそれはいつ見ても面白かった。

 ただ、今この場で彼らと違うことは、仲間も戦う力もない。


 足止めなんかじゃない。

 今、あいつらを退けることが出来る戦う力。


「クハハハ!まさかただくたばりに来ただけとはな!ならば貴様の気を吸い取り切った後、姫さんを連れ帰るとしようか。」

 バケモノが無抵抗の希を掴み気を吸い取り始める。


 意識が、遠のく-

 なんだっていい、俺が-



 俺が!ヒーローだ!



 突然だった。

 希の足元から眩いほどの光があふれだす。


 バケモノの手から逃れた希は、導かれるように"それ"を手にした。

 見たこともないはずなのに、俺はを知っている。

「そんな、君が…君が…!?」

「この光は、まさかあいつ!」


「「適合者!?」」


 テッチと狼の獣が口をそろえて叫ぶ。


「お前!えーっと、名前!!」

「えっ?ノゾム…」

「ノゾム!変身するッチ!」


「魔法少女に!!」


「魔法少女ぉ!?俺は男だぞ!」

「それはこっちの台詞だッチ!でも変身パカットがお前を選んだッチ!」

「ノゾムは魔法少女の適合者だッチ!!」

「えぇ…確かになんでもいいとは言ったけど魔法"少女"ってのは無理があるだろ…」

「なにを躊躇してるッチ!早くするッチ!」

「おのれ適合者が別世界にいるとは!もう生かしてはおけん!やれ!マジムリー!」

「マァジムリィィィ!!!!」

「うわあぁぁ!ノゾムー!」

「あー!わかったよ!どうせやらなきゃ死ぬんだ!やってやらぁ!」


 変身パカットを開け、真ん中のボタンのようなものに手を触れる!

 そしてそれを天にかざし叫ぶ!!


「キラメキ!メイクアーップ!」


 希の全身が光に包まれる。


 髪がピンクに染まる

 生えるツインテール

 肘まで伸びる真っ白なグローブ

 少しかかとの高いローングブーツ

 ピンクをベースカラーとした白のフリフリドレス

 を、筋肉がミチミチと引き延ばす

 その胸には変身アイテムがパッと咲く


 -両足を揃え、華麗に着地。


 しっかり前を見据え、決めポーズに決め台詞!

「人様に迷惑をかける悪党め、ミンチにしてくれる!」



 その魔法少女はやたら筋肉質の大男だった-


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る