第9話 悪いな、俺は怪人だ!

 屋上につくと、膝を抱え込んで項垂れる田中の姿があった。

 予想通り告白は失敗に終わったらしい。


 「おい、大丈夫か?」

 「あああぁぁぁぁあ」


 大丈夫じゃないな、こりゃ。しかし、よく行けると思ったもんだ。関係値ゼロ、話したのはクラス替えが終わって以来初、佐鳥からすればほぼ赤の他人がいきなり告白してきたのと変わらない。

 

 その辺が考えられないあたり単純というか、なんというか。

 とはいえ、ここまでなるってどれだけ酷い振られ方をしたのだろうか。そういえば教室に戻ってきた時の佐鳥の表情いつもより暗かったが気がするな。


 「とりあえず落ち着けよ。な」

 「ありがどぉ。おれぇ、ヒック。ぢゃんど……、あいをづだえで、エッ。がんばっで~」

 「オー、ソウカ。それは頑張ったな。切り替えて行こうじゃないか。きっと田中なら次の恋を見つけられるさ」

 

 おかしいな。

 感情を込めて話しているはずなのに、俺の言葉が全部棒読みに聞こえた。


 「そうだな。今日はいっばいへごんで、明日からがんばるよ俺」

 「ああ、そうするといい。じゃあ俺は帰るから、田中も気をつけて帰れよ」

 

 田中に背を向けると「ありがどうな」と涙ぐんだ声が聞こえたので、手を挙げて屋上から俺は離れた。

 


 ・・・・・・



 田中を励まし屋上を離れた俺は、リュックを背負って一人でバスケ部の練習を見ていた。何故そうなったかというと、階段を下りて下駄箱に向かう最中で、中学の先輩でバスケ部エースだった人に見つかったのだ。

 

 そして、その熱血具合にやられてあれよあれよと流され、今は観客席で紅白戦を観戦していた。


 中学時、先輩ドリブラーではなくパサーだった。背はそこまで高くないが、周りを視るという能力が異常に長けていて、ディフェンスの隙間を通すパスが得意な人だった。それは高校に上がってからも相変わらずな様子だったが、そこに中学まではなかったドリブルでの強引な突破が選択肢に加わっていた。パスフェイント、正面突破をするドリブル、意表を突いた高速ワンツーパス。やっていることは結構シンプルなものが多いが、その選択肢の多さ故相手のディフェンスは完全に先輩の掌の上で踊らされていた。


 「うわ~、今のギリギリ手が届かないコース狙って通してる」とか

 「ドリブル突破を殆どしないからこそ、たまにやるのが刺さってるなぁ」とか


 そんな感じで、少し独り言を呟きながら先輩の活躍を観戦した。


 紅白戦が終わると、今日の練習はそこまでだったようで皆片づけを始めた。俺は観客席から降りて、片付けの指示を飛ばしている先輩に近づく。


 「偉くなりましたね、先輩」

 「( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。それはお前もだろ。先輩にそんな態度を取るとは」

 「僕はもう部活の後輩じゃないので」

 「後輩には変わりないだろうが。お、帰るのか?」

 「そのつもりでしたけど、先輩を働かせてからにします」

 「ん?……あ~、そういうことか。相変わらず趣味が悪いな」


 俺の意味深な一言ですべてを察した先輩が笑い俺を貶す。中学の時に築いた関係値あってこその関わり方で、他の奴と違い独特だが俺はこれが嫌いじゃない。


 「いいだろう。おーい一年・二年!床拭きはやらなくていい!ボールとゴール片付けたら窓閉めて着替えとけ!」

 『『押忍』』


 先輩が大きな声で今一度指示を飛ばして後輩を動かす。そしてゴールまでしまい終ったところで、俺と先輩は雑巾を持って体育館の対角線上の角の端に立つ。


 「体力が落ちたって言い訳は聞かんぞ!いいな!」 

 「もちろんです。覚えてますね、負けたらジュースですよ!」

 「あたりまえだ!そこの一年、はじめの合図をくれ!」


 俺と先輩は雑巾を体育館の床に押し付け、雑巾がけの体制をつくる。そして一年の合図が聞こえた瞬間、俺と先輩は同時に雑巾をかけだした。

 


 ・・・・・・



 「はぁ、はぁ、はぁ」

 「はっ、はっ」


 勝負はついた。同時に雑巾をかけ始めて、先に中央に着いたほうが勝ちであるこの勝負。勝者は……。


 先輩だ。


 「ま、負けた」

 「( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。さすがにブランクがある奴には負けれんよ」


 しかも滅茶苦茶余裕そうだ。先輩め、手を抜いてやがったな。


 「明日もやるか?」

 「勝てそうにないんで遠慮しときます」

 「そうかそうか。いつでもバスケ部に来いよ。大歓迎だぞ」

 「入りませんよ。勧誘は嬉しいですけどね」

 「そうか、残念だ。よーし、全員集合!」


 なんだ?

 いきなり先輩が声を出し後輩たちを半円状に集めた。


 そして。


 「ここにいる俺の後輩と、俺に感謝!」

 『『あざっした』』


 おい、ちゃっかり自分を入れるなよ先輩。


 頭を下げて、大きな声でお礼を言うバスケ部員たち。そして先輩がとっても余計な一言を言った。


 「こいつは俺に勝負で負けたからな。今から全員で自販機に行くぞ。こいつの驕りだそうだ」

 

 やられた……。とっとと逃げなかったのが運尽きだったようだ。仕方ない、先輩に負けたのは事実だし今日は受け入れよう。



 ・・・・・・



 財布から小銭と野口三枚が消えたが、部員たちは喜んでいたし先輩も楽しそうだったから、それでよしとしよう。


 そんなことがあった後、俺は一人帰路についている。さすがに断ったが、先輩たちは今から全員でご飯に行くそうだ。


 あの体力馬鹿には、もうついていけない。


 自分の衰えをひしひしと感じながら、星空を眺めて歩いていると悲鳴らしき声が聞こえた。

 

 とはいえ、俺には無関係……。


 「私を……。助けてほしい」


 あ~くそっ。

 良心ってのはホントに面倒くさいな!


 自分の良心に従い悲鳴が聞こえてきた方へ走る。そして、先輩とくだらない対決をしたことを少し後悔する。


 こんなことになるなら、雑巾がけ対決なんてしなけりゃ良かった。



 〈魔法少女視点〉



 「くっ」


 人質さえいなければ、私がこんな怪人に負けるなんてありえないのに。

 

 「ケッケッケ。マホウショウジョ。ヨワイヨワイ」


 人語を介する謎の怪人。その懐には十歳くらいの女の子が捕まっていた。あの子さえ解放できれば、私はアイツを倒せるのに!


 「次はどうすればいいの?」

 「ケッケッケ」


 私が逆らえば、あの子は……。


 それだけは駄目。どれだけ可能性の低いものでも、助けられる手段がある以上私はそれに縋るしかない。


 「ブキヲステ。クツモステ。ツギハ、フクヲステロ」


 服、それはつまり変身を解除しろということだろう。そんなことを怪人の目の前ですれば、抵抗の術が今度こそなくなってあの子は……。でも、従わなくてもあの子は……。


 「お、おねえちゃん……」

 「ッ!!」

 「ケケッ、ハヤクシロ」


 仕方ない……か。

 あの子を救う手段は、今の私には怪人に従う以外にない。


 「わかったわ。———【解除】」


 ぱあっと光に包まれて、私は普段の制服姿に戻る。もうこれで抵抗の手段はなくなった。後は怪人に気づかれないように振舞うことしかできない。


 「ケケケケ。フクステルト、モットヨワイ」

 「ッ!」


 バレてる。でもまだ。


 私がどうにか逆転の糸口を探している間に、無慈悲にも事態は進んでしまう。 


 「コレイラナイ」


 そう言って怪人は女の子を天高く投げ捨てた。

 あ、あ、あ。


 怪人が私に迫って来ているというのに、自然と私の視線は女の子のほうへ向けられる。

 あの高さまで放り投げられてしまっては、自力での着地は無理だ。多分投げられた衝撃で気も失っている。頭から落ちれば、まず助からない。


 ヤダヤダヤダ!

 私の目の前で死んだらヤダ。


 「だれか、だれかあぁぁぁぁ」

 「ケケ、タスケコナイ。ミジメミジメ、ケケケ」


 怪人が私を見下す。当たり前だ。だってもう勝負はついている。私に出来ることは、ここにはいない誰かに惨めに助けを求めることだけだった。


 「お願いだからっぁ」


 「ケケ……。ゲェッッ!?!?」


 えっ? 


 気味の悪い声を上げていた怪人が私の目の前から横に吹っ飛んだ。そして、女の子をその人物はキャッチする。


 「ほい、ナイスキャッチだ。俺」 

 

 俺……?じゃあ、魔法少女じゃない?

 でも、怪人をあんなに威力で蹴とばせるのなんて魔法少女しか。


 「ゲゲゲッ、ナンダ。オマエモ、マホウショウジョカ」


 かなりの威力で飛ばされていたのに目立った外傷が見当たらない。その怪人の硬さにも驚くが、それよりもこちらの男である。制服に身を包んだ、ただの男子高校生だ。魔法少女なわけがない。だとしたら、いったい何者?

 

 「はっ。悪いな、俺は怪人だ!」


 

 

 

 

 

 


 

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