第8話 魔法少女のSOS

 (「私を……。助けてほしい」)


 そんなことを告げられて授業に集中できるはずもなく、いつも以上に時間の流れが遅いのを感じながら黒板に書かれる字をぼーっと眺める。


 それにしても、助けてと言うなら俺ではなく周りにいる仲のいい人に頼めばいいのに、何でそこまで親しいわけでもない俺に言ったのだろう。

 

 時計と黒板を交互に見ながら、適当にシャーペンを走らせる。けれど、考え事の方に集中している俺のシャーペンは文字ですらないものをノートに綴っている。

 シャーペンの線で、ぐちゃぐちゃになったノートに視線を落として見ると、意味のない形が顔に見えたりする現象が起こる。


 あー、ここの顔妹に見えるな。これは、あのキメラ怪人の鳥頭だな。

 

 もはや末期である。思考を殆ど放棄したようなことしか頭に浮かんでこない。首を数回振って思考を晴らす。


 そうだ、そもそも俺が佐鳥相談を受ける必要はない。佐鳥は魔法少女で、俺は怪人だ。言うまでもなく敵だ。であればその佐鳥の相談に乗るというのは敵に塩を送るのと同義。そんな事をすれば、また呼び出されて『豪鬼』や前回はいなかった怪人幹部にボコボコにされかねない。


 よし、断ろう。

 俺では力不足だと言って、適当にはぐらかして逃げよう。


 それでいいはずだ。自身の良心が少し痛むが、怪人である俺にとっては気にするべきものじゃないと、その痛みを無視する。


 佐鳥のほうへ視線を向けてみれば、黒板を見て姿勢よくノートを取っている。さっきの弱気な言葉が嘘のように、先生の話に時折頷きながら授業を受けている。が、先生が黒板を向いた瞬間佐鳥が顔を一瞬だけこちらに向けた。そしてわずかに微笑み、すぐに前を向いた。


 佐鳥……。今のはあざといの次元を超えてるぞ。


 はぁ、あの微笑みを見るに多分どっちでもいいんだろうなぁ。俺が手を差し伸べてくれたらいいな、ってくらいの気持ちだろう。そこに邪な感情はなくて、きっと本心に従ったに過ぎないのだろう。


 裏で色々邪推していた俺が馬鹿みたいだ。疑いは晴れたんだ。もし、幹部連中に近くにいることがバレたら、色々それっぽいデータを話せるくらいには情報は集められるだろうし、協力しても問題はない。


 利害の一致ってやつだな。多分。

 そうと決まれば早速今日の帰りにでも聞いてみるとするか。



 ・・・・・・



 放課後、佐鳥は田中に呼び出されている用事を済ませに教室から出ていた。もちろんだが、後ろの席の田中もいない。

 佐鳥が戻ってくるのはカバンが置いてあるので明確だ。なら、俺はそれをのんびりと教室で待てばいい。


 そう思っていたのに……。


 「アンタ最近綾香と仲いいわよね。何したの?」

 「何も。強いて言えば挨拶?」

 「何で疑問形なわけ。何でもいいけどさ、綾香に優しくしてもらってるからって調子に乗るんじゃないわよ。アンタ自分の立場をわきまえて行動なさい」


 はっはっは。面白い冗談言うご令嬢だ。

 俺ほど立場をわきまえている人間はそうそういないってのに。


 「立場ねぇ。十分にわきまえているつもりだけど。これ以上どうこうしろってんなら佐鳥の方に言っといてくれよ。俺に話しかけるなってさ」

 「ええ、そうさせて貰うわ。それと……。アンタ今日の帰り道は気を付けた方がいいわよ」


 なんだ、その如何にもチンピラっぽいセリフ。

 地元のヤンキーでも襲ってくるのか?だとしたら少しワクワクする。ヤンキーなんて今時、そう会えないからな。


 お、どうやら佐鳥さんのお戻りらしい。今日はさっきのご令嬢に注意を受けたばっかだし、やめておくか。

 意図せず空いた時間だし、暇つぶしに田中の励ましにでも行くとするかな。



 〈佐鳥綾香視点〉


 

 また、告白だった。

 薄々わかってはいたけど、呼ばれた以上は話を聞いてみる必要がある。もしかしたら深刻な悩みごとの相談かもしれないし、もっといえば勉強のアドバイスが欲しいとかかもしれない。だから無下に断ることは出来ないんだけど、告白はなぁ……。

 

 私は恋愛とかが、よくわからない。今まで恋というものをしてこなかったというのもあるけど、私は関わってきた人が皆好きだ。その好きに違いはあれど、好きであることに違いはない。


 でも皆が言う、恋による好きはわからない。守ってあげたいが恋愛の好きなのならば私は町の市民全員がその対象になってしまうし、常に傍にいたいという感情が恋愛の好きなら魔法少女仲間全員がその対象になってしまう。


 それに友達に聞いても言うことが皆バラバラでどれも曖昧なものばかり。そして、そこに含まれていたどの感情も私は皆に向けている。


 きっと皆と私では感性が違うのだ。魔法少女になって長いせいかな。


 いや、多分違う。元々のことだろう。魔法少女にだって彼氏がいる子はいる。だから魔法少女になったからというのは言い訳にならない。ならきっと、私が壊れているからだろう。


 昔。家を出ていく前のお母さんにも言われたように。


 「あなた壊れてるみたいで気味が―――――。」


 後に続く言葉は思い出せないけど、確かに言われたことがあった。昔の私は今よりもよく笑っていたらしいから、それ関連で何か言われたんだろうと推測は出来る。

 

 嫌なこと思い出しちゃったな。

 

 気づけば教室は目の前で、少し閑散とした教室のドアをくぐる。教室に入ったときに私と仲がいい女の子が数人遊びに誘ってくれたけど、とてもそんな気分じゃない私は用事があるからと断ってしまった。


 帰路を一人でとぼとぼ歩く。こういう時誰かと話していると、どれだけ気が楽になっているのか実感させられる。

 今朝うっかり彼に助けを求めてしまったのも、この寂しさを少しでも和らげてほしかったからかな。


 私はもう一人じゃないけど、魔法少女の仲間にこれを打ち明けることが出来なかった。多分だけど、ガッカリされたくなかったからだと思う。

 でも、それじゃあ彼に打ち明けた理由がわからない。私はどうして彼に……。


 私は思い出した嫌なことを少しでも早く忘れるために、彼に助けを求めた理由を探すのだった。


 



 


 

 


 

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