第5話 朝の憂鬱

 憂鬱な朝。カーテンの隙間から差し込む朝日を、恨めし気に睨み布団から起き上がる。怪人だって睡眠は必要だ。だから、人間と同じように朝というのは怠いのだ。


 何より今日は学校でも面倒ごとが確定している珍しい日だ。

 だから普段以上に朝が憂鬱で、学校に行きたくない日なのだ。


 そんなことは思ってはいても人間社会のルールが染みついている俺は、元気なのに登校しないという選択肢を取ることが出来ない。


 「あ~行きたくねぇ」


 グチグチ言いながら、制服にのそのそ着替えているとリビングのほうから凛とした声が響いてきた。

 

 「ちょっとお兄。早くしてくれないと洗い物間に合わないんだけど!」


 愛しの妹が嘆いている。兄として許せる事態ではない。(兄のせいである)


 「今行く。洗い物は~、まぁ帰ってきたらやるよ」

 

 自分の部屋からリビングに届くであろう声量でそう伝える。しかし、妹にはそれが気に入らなかったようで部屋に突撃してきた。


 「お兄。そう言って昨日帰ってこなかったよね?ね?ね!」

 「はい、誠に申し訳ございません」

 「そうだよね、しかもそれ昨日言うべき言葉だよね?」

 「はい、全く持ってその通りです」


 上半身裸で土下座する兄とその兄の頭を足で踏みながら説教をする妹。全く、これじゃあどちらが年上か分かったものじゃない。


 「もう、この時間ももったいないから早くご飯食べちゃってね。私、着替えてくるから」


 突撃の衝撃で少し歪んだドアが閉まった。正確には少しだけ空いているが、これが俺の部屋のドアが閉まった状態だ。

 

 「ふぅ、我が妹ながら強かすぎるぜ」


 あんな格好悪い行為の後に言えるセリフじゃないことを一人で呟き、俺は即座に上を着てリビングに向かった。


 用意されていた朝食を丸いピンクのキャラも驚く速度で飲み込み完食する。そして、妹に申し訳ない気持ちでいっぱいな俺はそれを歴戦の主婦のごとき早業で洗う。

 これで妹に怒られずに済むだろう。妹の言葉のナイフは意外と兄の心に刺さるのだ。


 朝のやることを全て済まし、妹を見送ってから俺は家を出た。



 ・・・・・・



 妹とのやり取りで記憶の片隅に追いやられていた今日の憂鬱が、学校に近づくにつれてその頭角を強く現わしてきていた。

 段々と重くなる足、猫背になる背中、下がっていく頭、姿勢が悪いの究極系のような姿勢で通学する姿はゾンビと言っても差し支えないだろう。


 トンとリュックを叩かれる感覚がした。のっそり後ろを見ると、昨日同様佐鳥綾香が笑顔で立っていた。


 「おはよ♪」

 「ああ、ぉはよう」

 「元気ないね、どうしたの?」


 君のせいですよ佐鳥さん。君が昨日怖いこと言って仕事に戻っちゃったから、今日は学校に来たくなかったんですよ。とは言えない。

 しかし、昨日といい今日といい佐鳥と登校時間被ってるのか。明日からはいつもより十分くらい遅く出よう。


 「ちょっと朝ドタバタしててさ」

 「そうなんだ、それは大変だったね……。あ、そだそだ。今日は放課後少し教室で待っててね。昨日の続きを話したいからさ」

 「ほ、放課後か……」

 「あ、ごめん。用事あったかな?」

 「いや、ないよ。放課後に会おう」

 「えっ、教室で会うよね?私たち」

 

 最後の言葉を聞こえないふりして佐鳥の先を歩く。幸い佐鳥が追ってくることはなかった。というか用事があるって言えば、もしかしなくても断れたのでは?



 〈佐鳥綾香視点〉



 断らないんだ……。


 私は最後の言葉をほぼ反射的言っていて、頭はその前の彼の言葉について考えていた。怪人であるなら、魔法少女である私からは距離を置いて出来る限り自分のことは隠した方がいいはずなのに、そして今日は私から嫌というほど質問攻めされると分かっているはずなのに……。 


 もしかして気づいていない?

 本当に怪人じゃなくて、今日私に質問攻めされると気づいていない可能性がある?


 いや、でも。うーーん。怪人なら誘いは多分断るだろうし、でもなぁ人にしてはおかしな魔力だったし……。魔力、そうだ魔力。今日の彼からは一切魔力を感じなかった。一体どういうこと?魔力を完全に隠すなんてこと、どんな怪人であれ出来るはずない。もしかして昨日はたまたま擬態した強い怪人の近くを通ってその魔力が付いていただけ?でも、そんなことあり得るはずが……。


 憶測が憶測を呼び、疑心暗鬼のループに入っていく。いくら考えても私が本人ではない以上、答えなんてわかるはずがないのに。


 放課後になればその答えが聞き出せるだろうか。私の勘違いであってくれるなら、それ以上に嬉しいことはない。でも私の嫌な予感が当たって彼が怪人だった場合、昨日の魔力を見る限り私一人では対処できない。だから念のために他の魔法少女に、今日彼を連れていく予定の場所と彼の疑惑をメールで連絡しておく。


 「おはよう」


 そんな一抹の不安を心の奥底に押し込めて、登校していく生徒や先生と挨拶を交わしながら教室へと向かった。


 




  

 

 

  

 



 


 


 


 


 

 



 

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