第2話 悪役は苦労人

 光の柱が別の棟にある保健室付近に落ちたのが見えた。一瞬だったから気づいた奴なんて俺以外にいないだろう。


 それにしてもナイス判断だ俺。


 あのまま保健室に居座っていたら、光の柱によって塵も残さず消されるか、怪人にモグモグと美味しく頂かれていたことだろう。


 教室では、ホームルームがそろそろ始まる時間のため、皆各々の席に座り、近くのクラスメイトと談笑していた。

 俺はというと、机に顔を伏せて帰宅したら何をするのかを頭の中でシミュレーションしていた。一応言っとくがボッチだからというわけではないぞ?


 さて、そんなくだらない言い訳は置いておいて、俺は目線だけを佐鳥の座席に向ける。佐鳥は俺の席から三つ前の二つ右の席だ。しかし、優等生であるはずの佐鳥がまだその席に座っていないのだ。


 ま、お人好しの佐鳥のことだ。きっと何処かで人を助けているのだろう。


 「皆さん、おはようございます。おや、佐鳥さんは……。あぁ、そういえば遅刻の連絡がありましたね。それではホームルームを始めます。起立」


 我らがクラスの担任教師こと武田先生が教壇に立ちホームルームが始まった。



 ・・・・・・



 ホームルーム後、一限目が始まるまでの小休憩は、佐鳥の遅刻の話題で持ちきりだった。


 「なぁ、佐鳥どうしたんだろうな」

 「お人好しな佐鳥のことだからどっかで人助けしてるんだろ、きっと」


 後ろの席の名前も知らない男子に話しかけられたので、適当に話を合わせた回答をしておく。


 「佐鳥ならありえるな。つうかお前、普通に話せるんだな」

 「あっ?」

 

 おっと、いけない。ナチュラルに煽られたからつい反応してしまった。


 「知ってたか?お前去年クラスメイトに陰で、無口・ボッチ・エッチって呼ばれたんだぜ?」

 「語呂がいいだけで最後関係ないだろ!?」

 「あ、やっぱり?最後のは今考えたんだよ」


 なんだこいつ。ひょっとして人を怒らせる天才なのか?たった三回のキャッチボールで、ここまで俺をムカつかせるのは逆に才能だぞ。


 「お、そろそろ始まるな。寝るなよ?」

 「それは多分そっちだろ」

 「後でノート見せてくれな」


 そう言ってもう机に顔を伏せてるし、寝る気しかないじゃないか。

 ま、見せるとは言ってないしほっとけばいいか。


 寝たやつを置いてきぼりにして授業は始まったけど、正直俺は勉強してもしょうがないんだよな。半分以上人じゃないし、社会に出て仕事をしていくのが俺の理想ではあるけれど、契約上あと二年で怪人社会のほうに引っ張られるらしいし。だから、勉強しても活かせるところが定期テストくらいしかない。


 一応、魔法少女を全員倒したら人間に戻してくれるらしいから、それをあと二年でやり切れば理想は叶うんだけど、それすると怪人が暴れたら対処出来なくなるから実質実効不可能だ。


 と、考え事に耽って少しだけ睡魔と戦いながら授業を聞いていると、ガラッと扉が音を立てて開かれた。


 「す、すみません。遅れました」

 「ああ、佐鳥さんね。いいよ、武田君から聞いてるから。座りなさい」

 

 肩が少し上下している佐鳥が一言謝って入ってくる。それに淡々と事務的な返事を担当教師がして、佐鳥が着席した後授業は再開した。



 ・・・・・・



 「お”い”、雑魚。てめぇ、今朝魔法少女の近くにいたらしいじゃねぇか。なんで戦わなかったんだ?あ?」

 

 まるでチンピラのようなセリフを、それに似つかわしくない殺気と共に俺にぶつけてくるのは『豪鬼』という鬼の怪人である。過去にこの国の都市一つを半壊させたことがある正真正銘の化け物だ。


 学校終わりの帰宅後の予定は、たった一本の電話によって崩壊した。


 まさか、「幹部会があるから顔を出せ」と直属の上司から言われるとは思っていなかった。最近も呼ばれたばかりだったし、何より俺が呼ばれたときに起こる議題は大方決まってしまっている。それは俺からすれば、これ以上ないくらい無駄な集まりだと言わざるを得ないもので、出来れば断りたかったがそれが出来ないのが辛いところだ。


 だから俺は今、幹部たちのどうでもいい話し合いを、膝を付いて頭を下げて聞き流していた。


 「あら、豪鬼ったら意外と意地悪なのね。そんな分かり切っていることを聞くなんて……。そんなのコイツが弱いから逃げたに決まってるじゃない」

 「はっ。弱いから逃げるってのが気に入らねぇ。潔く散って来いよ、雑魚なんだからよぉ。それが出来ねぇなら、今ここで自害しやがれ」

 

 カランと俺の目の前に鋭利なナイフが投げ捨てられる。自害出来たら、とっくにしているってのに、人の気持ちを考えずにモノを言いやがって。

 ま、こういうのは慣れっこだ。怪人になってからずっとだし。


 「豪鬼、さすがにやりすぎ。彼はあの方のお気に入り」

 「それが気に入らねぇ。そのことに浮かれてやがるから、こいつはこんな体たらくなんだろうが!」

 「棗。今、その話はしないほうがいいわ。私もかなり頭にきているの」

 「そう、わかった。でも勝手な行動はいけない」


 勝手に幹部の連中が俺の処遇で揉めている。こういう時は大体全員が十発ぐらい俺を殴って、この意味のない集まりが終わる。

 ちなみに棗と呼ばれた幹部は俺の上司的存在になるが、俺のことを庇ったりはしない。怪人社会は人間社会以上に実力主義・結果主義なのだ。実力も実績もない奴が部下にいることを容認しているだけ、いい上司だ。


 「それと、私に無許可で殺したら許さないから」

 「なら許可を出しやがれ」

 

 はぁ、まだまだ長引きそうだな。早く帰りたいし仕方ない。


 「いいですよ。うーん、そうですね。では一回ずつ。全力で技を放って僕を殺してみてください」


 顔を上げて出来る限り不気味に微笑み、俺はそう言った。






・明日も一話投稿予定。

 




 

 

 

 


 


 

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