File7 your planet

 今日はきっと、特別な日になる!

 綺羅きらはそんな予感がしていた。

 昨日の夜は、寝る前に聞かせてもらったおとぎ話のような夢を見た。

 今日の朝は、珍しく誰かに起こされなくても起きることができた。

 なんだか嬉しくなって窓を開けると、一か月ぶりに雨が降っていた。

 ――雨!

 綺羅は服が濡れるのもいとわずに庭へ飛び出した。

 全身を冷たい雨粒が包む。風邪をひくからってきっと怒られてしまうけど、そんなことより今は雨と戯れていたかった。

「あははは! 気持ちいいー!」

 くるくると回る。そのまま庭から飛び出して、庭の裏にある丘まで駆けていった。

 走っている途中に雨が上がりだす。少し残念だったが、雨あがりの街を見に行くことにした。

 山頂から街を見下ろす。街全体が祝福のシャワーを浴びたようにきらめいていた。

 ――すっごくきれい……。

 景色にほおっと見惚れていると、後ろから何か大きな物音がした。

「……なに?」

 綺羅は恐る恐る森の中に近づいていく。

「ちょっと! 着陸方法危なすぎでしょ! 一歩間違えればどうなっていたことか!」

「いや大丈夫だろ。ちょっとぐしゃってなっただけだって! 結果的には無事に着陸できたんだからいいじゃないか!」

 奥から大人二人が言い争っている声が聞こえる。

 こちらに近づいてくる足音がした。木々の間から、ごつごつして白い服を着た二人組が現れた。

「こ、こんにちわ……」

 とりあえず挨拶をしてみた。二人は綺羅に目を留めると驚いたような顔をした。

「すげぇ、人間だ」

「普通に呼吸してるみたいですね」

 ――?

 綺羅が奇妙に思っていると、二人はおそるおそるヘルメットを外した。

「おお! ちゃんと息できるじゃん!」

 ――変なひとたち。息ができることなんて当たり前なのに。……あ、もしかして!

「……おじさんたち、もしかして未来人だったり! それとも宇宙人とか?」

 目を輝かせて尋ねる綺羅を見て、二人は顔を見合わせた。

「七星くん。、だってさ」

「宇野さんはともかく、僕はまだ若いんですけど」

「十年前の俺をおじさん扱いした奴は誰だ」

 宇野と七星はまた言い争いを始めた。綺羅はやきもきして口を開く。

「そこはどうでもいいから! 結局、未来人なの? 宇宙人なの?」

「うーん……正解を言う前に、ちょっとシャングリラについて聞いてもいいかな?」

 ――やっぱり、おじさんたちは未来人か宇宙人で、今のシャングリラのことを調べにきたのかもしれない。

「まかせて! なにが知りたいの?」

「そうだな……まず、シャングリラには動物はいるのか?」

「いるよ! 動物園に行ったら、きりんさんも、ぞうさんも見られるんだよ!」

 ふむふむと頷く二人。綺羅が何か答えるたびに真剣に耳を傾けてくれる。なんとなく悪い気はしなかった。

「あと、そうだね、この星に海はあるのかな?」

 ――海。おとぎ話で読んだ、地球にあるらしい、きれいな青色の大きな水たまり。

「……ないよ。雨はときどきしか降らないから」

「なるほど、海はないと」

「……おじさんたち、やっぱり宇宙人? もしかして、地球から来たの?」

 宇野はにやっと笑って、綺羅をびしっと指さした。

「正解! 俺たちは地球から来ました! まあ、すぐ地球に還るつもりなんだけどな」

「ほんとに!?」

 ――うわあ、地球人と、会っちゃった。ほんとにいるんだ……すごい……すっごくワクワクする!

「地球にはやっぱり海があるの?」

「うん、あるよ。すっごくきれいな青色なんだ」

「そうなんだ……! ねぇ、もっと地球のお話、聞かせて!」

「もちろんいいぞ。なんで人類がシャングリラに来たかっていうとな……」

 宇野と七星が語る地球の物語は、綺羅が知っているおとぎ話とはずいぶん違うものだった。

「……それで、地球は汚くなりすぎたからシャングリラに行こう、っていうことになったんだ」

「海も、汚くなっちゃったの?」

「いや、今は人間が住んでないからすっごくきれいになってるぞ」

 ――人間がいるから、海は汚くなっちゃったんだ。

「シャングリラも、いつか汚れちゃうのかな……」

「うーん……そうかもな」

 その答えを聞いて悲しげにうつむく綺羅。

 ――地球はきっと、シャングリラよりきれいなんだろうな……。

「……わたし、きれいな海を見てみたい。地球に行ってみたい。……お願い、わたしを地球に連れていって!」

 がばっと頭を下げる。

「……ごめん。それはできない。宇宙服とか、カプセルとか、色々ないし……」

「そんなのどうにかしてよ、大人なんでしょ!」

 綺羅は顔を上げて宇野をきっとにらんだ。

「あ、いや、さすがに子どもをコールドスリープさせるのは……」

「宇野さん。そうじゃないでしょ。もし技術面がカバーできるとして、あなたは彼女を地球に連れていけるんですか」

 宇野ははっとした顔をした。

「そうだ……もし君が地球に行ったとしてだよ。地球からシャングリラに行って還ってくるまでに、二百年はかかるんだ」

「二百年……」

「そう。君の家族にも、友達にも、もう会えないってことなんだよ」

「……まあ僕たちは、それに気づくのが遅すぎたんですけどね」

 ――家族とも、友達とも、もう会えないなんて……。

「おじさんたち、かわいそう」

「はは……ほんとだな。俺たち馬鹿だったんだよ」

「だけど、家族や友達を失ったぶん、僕たちはシャングリラに来られて、君に会うことができた。そんなに悪いことばっかりじゃなかったよ」

 七星は力が抜けたように笑った。

「シャングリラが『理想郷』って呼ばれているのは知ってる? 理想郷っていうのは……幸せで夢のような場所、みたいな意味なんだけど」

「うん、おばあちゃんが言ってた気がする」

「そっか」

 二人は優しく微笑む。

「君にとっての理想郷は、地球じゃない。シャングリラなんだ。君がその手で、理想郷を作っていくんだよ」

「わたしが……」

 ――そんなこと、できるのかな。

 綺羅の不安げな表情を見て、宇野が口を開いた。

「大丈夫だ。俺たちだってシャングリラに来られたんだ。君もきっとなんだってできるさ」

 ――わたしが、シャングリラを、『理想郷』に……。

「……うん。わかった。シャングリラがとっても良い星だってみんなに思ってもらえるように、わたし、がんばるね!」

 宇野はくしゃっと笑った。

「ああ、それでいい」

 綺羅は、なんだか力がみなぎってくるのを感じた。

「君がどこにいても、君の故郷は、理想郷は、シャングリラだけだ。君がシャングリラを好きだと言えるようになればいい」

 七星が綺羅の頭に手を置いた。

「シャングリラは、君の星なんだから」



 

 そして、俺たちはまた、美しい故郷に、碧い星に還るために。長い長い眠りにつく。

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