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それから俺たちは、また歩き始めた。
アスファルトの間に生えた雑草も、道で寝ている猫も、何も変わらないようだった。ただ、朽ちかけている建物は見たことがないものばかりで、百年という長い時間を実感させられた。
ただ、人間は誰一人見かけることはなかった。
最初は過疎集落みたいなところに来たのかと思った。でも街の中心部らしきところに来ても、全く人の気配がないし荒廃した街並みばかりだった。
突然、天気雨が降ってきたので、近くにあったコンビニ的な店に入った。こんなところで風邪でも引いたら厄介だ。
「……なんで、誰もいないんでしょうね」
「さあ……」
「……あの、もうちょっと考えようとしてください」
正直、脳が現実を処理しきれていないのか、頭がうまく回らないんだよ。
店内を見て回る。商品はほとんどなかったが、タブレットのような端末を見つけた。
「おい、ここにタブレットみたいなやつがあるぞ! これを見れば何かわかるんじゃないか」
なんとか充電っぽいことをして、四苦八苦しながら電源をつけた。
トップにニュース記事が表示された。その見出しを読み上げる。
「『さらば地球 美しき我らの星』……」
「『我々は西暦2XXX年1月1日、理想郷と呼ばれる星、シャングリラに集団移住する運びとなった。かねてより進められてきたシャングリラ移住計画であるが、急激に悪化した地球環境を受けて実行されることとなった。プロジェクトの総括リーダーである佐上氏は』……って」
なんだ……これ。
「……つまり、50年前くらいから、地球に人間はいなかったということ、なんですね」
「そう、だな」
プロジェクトのメンバーたちは、地球に未練なんて少しもないみたいに晴れやかな顔で微笑んでいた。
「『美しき我らの星』、か」
自分たちで汚すだけ汚したあげく、地球を捨てて他の星に行った奴らのセリフとは思えない。
「なんか、なんとなく嫌、ですね……まぁ、真っ先に地球を捨て去った僕たちが言えることじゃないんですけど」
七星くんは自嘲気味に笑った。
俺はニュースサイトで『シャングリラ 事故』と検索してみる。
『ヒット件数 0件』
他にもワードを変えて試してみたが、俺たちが遭った事故のことは何も書かれていなかった。
結局、たくさんのものを失った俺たちの、シャングリラで事故に遭って命を落とした人たちの、その犠牲は何だったんだろう。
移住計画の一端になることもできなかった。事故の教訓が伝えられたわけでもなかった。ただ多くの人間が、未来を失っただけだった。
……まったく、人間っていうのは、いつまでたっても自己中心的で愚かな生き物なんだな。
外を見やると、雨があがって遠くに虹がかかっていた。
水たまりに七色の光が反射して輝く。
地球を捨てた人類よ。過去の俺たちよ。
ざまあ見やがれ。
人間がいなくなった今、地球はこんなにも美しい。
「僕、虹なんて初めて見ました……こんなきれいなものが、本当に存在するんですね」
俺も子供の頃以来だった。大気汚染や酸性雨の影響で、次第に見られなくなっていったのだ。
「地球って、やっぱりいいところだな。手放すのが惜しいほど美しい星だ」
「そうですね」
頷いたものの、七星くんは何か言いたげだった。
「どうしたんだ?」
「いえ……。……たしかに、地球はとても素晴らしい星です。……だけど、僕はやっぱり、本物のシャングリラに行きたい。僕らが恋焦がれた理想郷を、この目で見てみたいんです」
彼はまだ、まぶしいほどに、星と宇宙に憧憬を抱く少年のままだった。
「……そりゃ俺も理想郷に行ってみたいよ。だけど……地球を捨ててまで行くところではないんじゃないかって、俺たちが生きる場所はここなんじゃないかって、今の俺は思うんだ」
すると彼は異星人を見たような顔をした。いや、今その例えは洒落にならないか。
「宇野さん、僕は、地球を捨てるわけでも、シャングリラで生きるわけでもありません。
……ああ、なるほど。そうすればいいのか。
「…………え? いやいやいや、え、どういうこと? そもそもそんなことできるのか?」
危ない危ない。危うく騙されるところだった。
「さあ、どうなんでしょう。でも百年後の地球ですよ。人類、全部そのままで旅立ったみたいだから、文献とか資材とか、色々残ってそうじゃないですか。たぶんどうにかなりますよ」
……どうにかなる、のか? いやならないだろう。だって俺は宇宙開発についてろくな知識もないし、七星くんはまだ義務教育途中だったはず。しかも俺たちはシャングリラでの墜落事故を身をもって体感している。それの二の舞になるんじゃないか。
考えれば考えるほど、無茶な夢物語であることが浮き彫りになってくる。
それにもかかわらず、俺の心臓はばくばくと脈を刻んでいる。
いつの間にか、ワクワクが止まらなくなっている自分がいた。
……大丈夫だ。きっと俺たちなら。
「……よっしゃ。理想郷ってやつがどんなもんか、見に行ってやるか」
俺たちなら、きっと夢物語だって叶えてしまう気がしていた。
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