File2 seven stars

天川あまかわ七星ななせです。天の川に、七つの星と書きます。年は十四……いや十五歳?」

 夜が明け、いわゆる「朝」になったみたいで、近くの恒星――七星くんに名前を聞いたが覚えづらくて忘れた――の光がシャングリラにも届いていた。空は地球と同じか、たぶんそれ以上にきれいな青色だった。まったく、この星できれいなのは空だけだな。

「はは、わかるよ。いまいち思い出せないよな。……俺は宇野北斗。宇宙の宇に野原の野、東西南北の北に一斗缶の斗だ。たぶん二十七歳くらい。……まぁ二人しかいないんだから、せっかくなら仲良くしような! 北斗さんって呼んでくれてもいいからね! よろしく七星くん!」

「……はい、よろしくお願いします、宇野さん」

 ……まぁ最初はな、うん。自分の息子のように思えてなんだか親心が芽生えてきたのだが。距離感間違ったか。あれだけ泣いたからか少し引かれてるかもしれない。なんか、これくらいの子供と話すことってないから接し方がよくわからないな……。嫌でも二人で協力していかなきゃいけないんだから、仲がいいに越したことはないだろう。

「……それで、これからどうする?」

 残酷で途方もない問いだった。本来ならば農業や発電などの実験や開拓をするはずだった。だがこうなってしまった以上、いったい何をすればいいのだろう。娯楽も何もない。食事だってどこか味気ない携帯食だ。……一日中寝るくらいか? そんなの死んでいるのと同じだな。俺も一人だったら自殺していたかもしれない。

「そうですね……農業実験のキットが本機に残ってたら、まずそれを設営しましょう。あ、その前に死体とかカプセルをどうにかしないとですね。それから次は……というか、研修で説明受けましたよね。ちゃんと聞いてました?」

「あ、いや……ちゃんと仕事する気なんですね……」

 怠惰な大人ですいません。

「当然でしょ。だってゆくゆくは、人類がシャングリラに移住してくるんですよ。それまでに僕たちがちゃんと開拓しておかないと」

 ……そういえばそうだったな。いやぁ、本当に移住しに来る気なのかなあ……。

 なんか……若いなぁ、七星くん。こんなことになっても未来に希望を見出しているなんて。俺もあんまり悲観的になっちゃいけないよな。

「そうだな! よし、頑張ろう! えーと、農業のやつを持ってきたらいいんだっけ?」

「いえ、その前に死体とゴミの処理をしなきゃですね。というわけでよろしくお願いします」

「……え、いやいや七星くんも手伝ってよ! 一人でやるの嫌なんだが!」

「いえ僕は若いので」

「理由になってないし! あと俺だってまだ若い!」

「いい大人が見苦しく言い訳しないでもらえます?」

 このクソガキ……『自分の息子のよう』とか思ったのが間違いだったわ。

 でも少しだけ……学生の頃みたいな、最高にあほらしくて無意味な会話が、ちょっと懐かしい。はぁ、これが年を取ったっていうことなのかな……。


 

 

 そこからめでたく俺たちの新生活は始まった。

 基本的な活動は農業や発電などの実験。あんまり上手くいかない。あとは開拓という名の散歩。景色が変わり映えしないので楽しくない。あとは天体観測とか、話したりとか、寝たりとか。タブレットやテレビが本機にあったみたいだけど粉々になってしまっていた。

 正直言って、くそつまらん。あとめっちゃ疲れる。

「七星くん~疲れたよ~そろそろ休憩しよう~」

「まだ十分しかたってないですよ! ごちゃごちゃ言わないでさっさと働いてください!」

 下手したら地球で働いてたときより疲れてるんじゃないか……でも肉体労働のあとの疲れはなんだか心地良い気もする。

 やっとのことで一日の作業が終わる。その場に寝転んで空を見上げた。

 俺の故郷は都会だったから、ここまできれいな星空は見たことがなかった。星をこうやって見上げるのなんて何年ぶりだろう。昔はこういうの好きだったはずなんだけどな。

「ねぇ、あれって何? あの辺にある星」

「あれじゃわかんないですよ。……あの明るい三つの星が、夏の大三角形です。わかりますか?」

「懐かし~。学校で習ったな。ええと、ベガと……デルタみたいな……」

「……色々と大丈夫ですか。はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガです。日本だと梅雨の時期と被っているのであまり見えないんですよね。ベガが織姫、アルタイルが彦星です。七夕伝説ってそもそもは――」

 七星くんは星や、その周辺知識に詳しいみたいだ。プラネタリウムで解説を聞いているような気分になる。落ち着いた声のトーンが眠気を誘う。

「……きれいですよね。こんな満天の星空が見られるなら、ここに来てよかったと思えます」

「……そうか」

 しばらく黙って星を見つめていた。

「……宇野さんは、なんでここに、シャングリラに来たんですか」

「んー俺? ……つまらなくて投げやりな理由だよ」

 いつか聞かれるだろうと思っていたが、想像以上に自分の声が陰っていて驚いた。

「それでもいいですよ。聞かせてください」

 七星くんの声は柔らかくて優しかった。

「なんかな……会社で働いて、休日は寝て過ごして、特に楽しいことも無くて……このまま何も残せずに、俺、死ぬのかなーって、思っちゃったんだよね。そりゃ人並みには平日よりは休日の方が好きだけど、仕事が嫌ってわけでもなかった」

 そんな生活をしていた時が懐かしかった。今考えると、なんて贅沢な悩みだったのだろうと思う。

「そんなときにシャングリラの話を聞いたんだ。理想郷と呼ばれる星の話を。……俺は子供のころ、宇宙飛行士になりたかったんだ。星や宇宙が大好きで、広大な自然に浪漫を感じていた。だけど、宇宙飛行士になれるのは『選ばれたやつ』だけだって思って、すぐ諦めたんだよな。その時から、宇宙や星に関する情報を意識的に遠ざけていたんだ。……それで今は、夏の大三角形でさえおぼろげなザマになってしまったわけだ」

 俺は昔からそういう人間だった。人よりは頑張るくせに、すぐに見切りをつけて、最小公倍数的な幸福を選びとってしまう。

 そこそこの大学に進学して、それなりの企業に就職して、まあまあ充実した毎日を送っていた。生きがいと呼べるものがなくたって、家族も友人もいたし、大事にしているものや小さな幸せだってあったはずだ。頑張れば正規ルートで宇宙飛行士になることだってできたかもしれない。

 ……そんなこんなを吹っ飛ばして、いきなり他の星に移住してきちゃったんだよな。もうちょっと慎重になってくれよ、過去の自分。

 ただ、これだけ大きな決断をした自分が、そこそこの幸福より希望や浪漫を選び取った自分が、少し誇らしいのも事実だ。

「……結局俺は、ただ宇宙飛行士になりたかっただけなのかもな」

 しばらくの沈黙。

「なあ。七星くんは、なんでシャングリラに来たんだ?」

 俺だってずっと気になっていた。地球がそんなに良いところだったとは思わないが、彼の年齢でシャングリラに来たのはちょっと早まりすぎな気もしたのだ。

「……宇宙に、他の惑星に、シャングリラに行きたかったんです」

「それなら……今じゃなくて、宇宙飛行士になってからでもよかったんじゃないか」

 すぐに諦めた俺が言うことじゃないな。乾いた笑いがこぼれた。実際、宇宙飛行士という職業は、まあなんというか、大変狭き門だ。幅広い教養、健康な体と体力、協調性や行動力などの精神面での適正などが求められる。ここ最近は宇宙開発が盛んになってきて倍率も右肩上がりだ。去年の募集は千倍を超えていた気がする。

「今じゃないと意味がなかったんです。理想郷と呼ばれる星に、一瞬でも早く行きたかった。待てなかったんです。だって、そんなこと滅多にないじゃないですか」

「……その選択、本当に後悔してないか?」

「してないと言えば嘘になるかもしれません。家族が、友人が、温かい食事が、好きな漫画の続きが、恋しくなるときもあります。だけどそれ以上に、この星空を見たら、何もかもどうでもよくなっちゃいました。人間が地球にいる限り、一生こんな星空は見られなかっただろうし」

 そしてくすっと笑って続けた。

「そもそも後悔してもどうにもならないじゃないですか。せいぜい人生楽しもうって思うんです」

「そうか……はは。そうだな」

 悲観的になっていた自分が馬鹿みたいだ。不意に笑いがこぼれた。

 広大な空の下、俺たちは無力だ。こんなわけのわからない星から一生出られやしない。

 だけどちっぽけな存在なりに、刹那の人生を楽しむしかない。

 毎日ぐっすり眠って、くだらない会話をして、星空がきれいで、それだけできっと幸せなんだ。

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