第33話 普通ではない
殺す。
その感情は消えることがなく、解消するにあたってより良い方法を考えている最中。
徒歩で目的地に向かいながら、思考を巡らせる。
既に解は出ており、端的に言えば犯人を殺す。それだけだ。
半殺しにしかできないが、十分な欲求の解消と怒りの発散に繋がる。
非人道的行為に今は何も思わない。全て怒りと殺意に飲み込まれてしまった。
そして、より良い方法とは、如何にして楽に犯人を殺すかだ。
いくら殺意に飲まれていても、公に殺すのは気が乗らない。周囲のことも考えている。
だから、殺す場所を考えていた。
これが殺人衝動と殺意の違いである。
衝動的に殺したいのではなく、計画的に無駄なく殺したい。
「綾部は相変わらず大きいわね」
嵐の中、只管に歩いて着いた目的地。
目の前に広がる町外れの一角にある屋敷は、壮美な造形であった。
私自身、自分の屋敷は正直広いと思うけれど、それを容易く凌駕するほど綾部家は大きい。屋敷の入り口に行き、無言でお邪魔する私は、入って早々誰かに見つかった。
「あなたはどちら様ですか? 綾部の人間ではありませんね」
ただの見張り、か。
簡単に通してはくれなさそうだ。
いっそのこと、斬ってしまおうか。その方が全て楽だ。
後の事など、どうだっていい。
平夜家は私ひとり。独りで生きていくならば、居場所がなくとも構わない。
今の私の眼は、死を噛み喰らう猛獣のそれだ。
一秒、それだけあれば釣りがくるほど十分な時間。
殺す。
「あ、平夜さん! お元気でしたか!」
「ん。希咲。特別元気はないわ」
殺意を瞬時に抑え込む。
快活な声をかけてきたのは、綾部家の使用人である希咲だ。
歳は紬の二個上だったような、橙色の髪が特徴的。
私は一度、彼女に鋭い視線を向けた。
彼女は睨まれても屈せず、それどころかニコニコとしている。
こちらの意図を読まれていたのか、試すのは聊か難しい相手。
だから、直球に聞くことにした。
「今の見張りを殺そうとしたの、希咲は止めたのかしら」
「いえいえー。それに冗談はあまり生々しいものにしない方がいいですよ?」
根っこの部分を見せない感じ、彼女らしい。
希咲は肩を竦めてユーモアを見せながら続ける。
「で、平夜さん。綾部の家に勝手に入って来て、結界でバレたら危ないですよ?」
「結界は外部からの攻撃からの防衛、そして内部の情報、第六感のように扱うもの。害を与えない私一人くらい通ってもいいでしょう?」
「そんな屁理屈こねるから、多方面から嫌われるんですよ。全く」
否定はしない。事実なので。
「ささ、とりあえず早く入ってください。傘で雨風を凌ぐのも限界ですよー」
「入っていいのね。わかったわ」
屋敷の中は豪華な外観とは違い、こじんまりしている。外観とのスケールの差が大きいため、そのように錯覚を得ているだけなのかもしれない。
靴を揃えて屋敷に上がる希咲は、私にも上がるように手を揺らす。
「遠慮しておくわ。それよりも聞きたいことがある」
頭に疑問符を浮かべる希咲を無視して、私は周辺の人気を確認する。
どうやら、音なども聞こえず、誰もいないと考えてよさそうだ。
わかったなら手っ取り早く、私は質問の言葉を続ける。
「綾部紬のことよ。あなたなら何か知っているのではと思って。アレは普通じゃないわ」
「平夜さんは、紬様を殺すのですか?」
「愚問ね。あなたの答え次第で私の対応が変わることを、あなたは既に分かっている」
再び睨みつけると、今度の彼女の笑顔には綻びが見えたが、それは一瞬の変化であった。すぐにまたニコニコとなる希咲。
「わかっていますとも。あなたが絶対に紬様を殺さないと」
「それは枷の問題を言っているようだけれど、殺せない呪いにも抜け道はあるわ」
そう。私の殺せずの呪いは裏技のようなことができる。
相手の精神力にも関係してくるが、私の攻撃は決して痛みがないわけではない。つまり、殺さないで延々と痛みを与え続けることが可能であり、それは生き地獄である。
その果てに耐えかねた生きる人間の選択肢は、自害。それしかないだろう。
私の狙いはそこにある。
仮に紬が犯人の場合、容赦なく殺すつもりだ。
それは希咲も多分知っているけれど、何故か私が紬を殺さないと確信している。
「どうして、あなたはそんなに根拠もないのに私の殺意を否定できるの?」
「さて、何故でしょうね」
判然としない答えに、私は眉を寄せた。
「結局のところ、紬が犯人なわけ?」
「恐らくは」
「なら、あなたの考え通りにはならなさそうね」
「いえ、あなたは紬様を殺しません」
「そう、まあいいわ。少し聞かせてくれる? 彼女が何故、普通じゃないのか」
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