第32話 想いは裏腹に

 見知った天井、見知った部屋の散らかり具合、神崎家だ。

 外は雷が鳴り、雨音が激しく、天候が大きく荒れている。調和の乱れも確認できることから、天候とは関係がありそうだ。

 上半身を起こすと、どうやらソファーで寝ていたらしい。

 呆とした顔で二人の会話の様子を見ていると、今日間が最初にこちらに気が付いた。


「自分を斬って、殺意を殺す。結らしい選択だね」


 難しい表情を浮かべながらも、最終的には微笑を浮かべていた。

 彼の発言を聞いて、私自身が何をしたのかを思い出す。殺意に飲まれた私は、今日間を殺そうとしたのだ。そして、抗った結果、自身を殺す選択をした。

 不老不死のため死ぬことはなく、殺人欲求は満たされない。多少の我慢は効くようだが、既に犯人を殺すという殺意を抱いているため、ひと時の猶予であった。

 それを悟られないように、殺気をなるべく消す。


「私はどれぐらい寝ていたの?」

「んとね。半日くらいかな? 今は二十七の昼時だよ」


 聞きながら自身の刺した腹部を確認、見た目何も違和感はない。

 刀で斬ったもののエネルギーを吸収する機能がある。これは自身にも適応され、自分を斬った際、そのエネルギーは平夜結へと還元され、循環する。

 つまりはノーダメージで済むと言うことだ。


「気絶中、襲撃は?」

「なかった。あっち的にも大打撃だろうし、すぐには来ないと思う」


 どうだろうか。

 相手が誰かもわかってない以上、襲撃がないという確定要素に欠ける。半日襲撃がなかったのは確からしいが。

 私は立ち上がり、起きて早々部屋から出ようとする。

 と、今日間に腕を掴まれた。


「まだ休息してた方がいいよ。結がいくら死ななくて強くても、何が起こるかわからないし。また殺意に飲まれたら、今度はどうなるか……」

「キョーマ、私に構わない方がいいわよ」

「――?」

「私に構うと、また昨晩のように殺されるかもしれないことになる。あなたは優しい。けど、それが毒になる。現に今、腕が震えているでしょう? それに――」


 置いて行かれた方の気持ちを考えろ。

 そう言おうとして、声を切った。

 今日間への精神的ダメージはこれくらいで十分だった。

 彼は自身の震える右腕を左手で押さえ誤魔化そうとするが、いくら繕っても本心は既にわかっている。


 怯えて当たり前だ。

 だって、眼前にいるのは彼を殺そうとした張本人だのだから。

 彼は私にかかわるべきではなかった。

 私も彼の優しさに甘えるべきではなかった。

 互いに何の利もない関係はやはり断ち切るべきである。


「それじゃあ、行くわね」


 振り返り際に今日間の様子を見ていたけれど、手を伸ばしては来なかった。

 内心で心残りがないこともない。

 彼との日常は、とても豊かで様々な世界の情景を教えてくれた。

 その分、期待してしまった。

 あれだけ言って尚、引き留めてくれるのではないのかと。

 しかし、誰もついて来る気配はなく、私は複雑な心境でそっと息をつく。

 不満のような、安堵のような、どちらともとらえられる吐息だった。

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