第28話 迷コンビ?

 明月が襲ってきた時の紬の苦しみに満ちた発狂は、脳裏に焼き付いている。

 明月に対する恐怖ではなく、私に対する恐怖と憎悪に見えた。


「で、兄さんは本当に紬を捕まえていないんだよね?」


 紬を連れ戻す依頼を受けて、六日目。

 今日間の兄と会話をしていた。勿論、昨日は狙われた事実がありつつも、明月家で。


 ここに至るまでの事の発端は、昨晩の件から少し時を刻む。

 紬が混乱に陥り、その後は気絶して目を覚まさなかった。まだ猶予が二日残されていると言う今日間の提案から、彼女を病院に連れて行った。


 とりわけ、情が薄い平夜結こと私。


 私的にはそのまま綾部に連れ帰っても良かったのだが、今日間との七日目まで我慢する約束もあり、文句を垂れるくらいしかできなかった。彼は未だ彼女が鳥籠の中に閉じ込められていることに納得がいかないらしい。


 翌朝、彼女がいるはずの病室に入ると、紬の姿は見当たらなかった。

 既に察することも出来るだろうが、私たちは明月が紬を捕まえたと考えている。

 その憶測も、次の物怖じしない強気な声に消し去られた。


「昨晩は平夜に邪魔をされたからな。その後のことは知ったことではない」


 今日間に嘘は通用しない。

 兄である壱成がそのことを知っているかはともかく、今日間が肩の力を抜く様子が見られたので嘘ではないらしい。しかし、納得がいかない顔を見せる今日間は兄に対しても物怖じせず、問題点に切り込みを入れた。


「そもそもだけど、兄さんは紬が何者なのか知っているの?」

「いいや、知らない。それじゃあ何故に彼女を狙ったのか、お前は問いたいんだろう?」


 今日間に苛立ちを煽らせる物言い。

 今日間は冷静だ。特に誘いに乗った感じはしないし、そんなそぶりも見せない。


「わかっているなら答えを教えてくれないかな」

「依頼。藤堂家は知っているな。そこから依頼が来た。綾部紬の暗殺。勿論、俺は人殺しに愉悦を感じるわけではない。だが調和を乱す者は排除しなければならない。だから、捕縛して確かめることにした。それも、失敗したがな」

「襲撃の理由はわかったよ。じゃあ、紬が消えた理由に心当たりとかある?」

「さあな。綾部が動いていることは確かだ。彼女を連れ戻しただけじゃないのか」

「まあそうなるのかな。陰の気も今は落ち着いてるし、元に戻った、それだけなのかな」

「アレ、は普通じゃないわ」


 私が介して、一段落しようとしている会話に僅かなしこりをちらりと見せる。

 大体、綾部と繋がっている藤堂が暗殺の依頼を出すあたり、紬が無事でいるはずがない。


「藤堂から依頼があった時点で、繋がっている綾部は紬を生かすとは思えないわ」

 紬を殺害したのなら、陰の気が安定しているのにも頷ける。

「それは藤堂と綾部が繋がっている前提での話でしょ? 多分、藤堂と綾部の指針は別」

「今日間の言う通りだ。態々、お前たちに七日の猶予を与えた綾部が俺たちを衝突させる理由がない。調和が安定しているのが引っかかっているようだが、綾部とて名家だ」


「そ」


 私は素っ気ない一文字で、拗ねるように声を返した。

 疑問はあと一点。私が問う前に、今日間が口を開いた。


「最後に、何で藤堂は僕たちと接触した時に、紬暗殺の依頼をしてこなかったんだろう」

「そうね。私なら躊躇なく殺すわ」


 壱成は高笑いする。

 今日一番の愉しそうな表情だった。


「今日間は人を殺せない。殺したくない。平夜は人を殺したい。でも殺せない。そして、仮に平夜が殺そうとしても、今日間が止める。だから、依頼に適していない。それだけだ」


 確かに、私では完全な殺害は不可能だ。

 そして、今日間が殺害の手助けをする人種でもない。

 合点がいく理由であった。


「そういや、さっき結は紬のこと普通じゃないって言ったけど。どういう意味なの?」

「そのままの意味よ。彼女が発狂して暴走した際、凄かったでしょ」


 確かに、と今日間は頷いた。

 けれど、本当は違う。

 アレは本当に普通ではない、重度の調和を乱す恐ろしい生き物だ。

 普通ではない自分だから、直観的にわかる。


「調和が安定しているから紬は綾部に連れ戻された可能性が一番高い。結もその結論?」

「もしくは彼女が何者かに殺害されたかの二択。気を自由に操れる人なんていないから」


 事の始末は二つに絞られる。

 綾部によって調和が安定されたか、紬が何者かに殺害され超阿賀安定されたか、だ。


 前者の方が可能性は高い。綾部が紬をノーマークで手放しにするはずもないため、仮に紬を狙った者がいたとして、綾部が彼女を守るであろう。

 そうして、事件は幕を引いたかのように思われた。

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