第27話 刺客②

 いくら屋敷が広くとも、音が聞こえなくなるはずもない。

 微弱に鼓膜を刺激する音を頼りに、敵の迎撃に向かう。

 息を殺し、足音を鳴らさないように気配を消しながら廊下を抜ける。

 この先、左方に曲がれば相手は二人。

 躊躇いなく角を左に曲がり、視覚に神経を全て注ぐ。

 刀を持つ素人が二人、問題はない。

 動揺が見られ構えの速度があまりに遅いため、そう早急に判断する。

 こちらに向けられる刃を、身体を器用に曲げて回避。小刀で急所である首を狙う。


「……これで終わりかしら。だとしたら、随分と殺意に欠ける」


 顎をしゃくりながら思考し、その懸念は当たっていたようだ。

 庭の方面から微弱な音の響きが聞こえ、自身が相手の掌で踊らされていた事実に苛立つ。

 こちらは囮で、紬たちの方へ向かったのが本命の相手だったわけだ。


「まだ間に合う」


 いくら屋敷が広いからと言っても、所詮は一つの敷地だ。

 私の身体能力で向かえば、物の数秒で辿り着く。

 今日間も守備に徹しているだろうし、問題は皆無だと思われる。

 廊下を三度駆け抜け、リビング付近に辿り着く。

 視界に入るのは軽度の負傷をしている今日間。彼はリビングの端で、倒れている。

 中央では紬に刃を向ける敵の恐らくは主任。


「相手が私で運がないわね」


 紬に送られた一閃を、私が刀で跳ねのける。跳ねた刀は障子を破り、ガラスをパリンと割った。表情に変化はない。ただ、冷徹な眼差しでこちらを見ている。

 腰にはもう一刀の刃が備えられており、敵はそれを即座に鞘から抜いた。

 ひとたび刀を振るうと、衝突の衝撃に空気が慌ただしく荒れる。

 一歩でも身を退くと紬を守れないため、ここで押されるわけにはいかなかった。

 何度も火花を散らし合った後、苦悶の表情を浮かべ始めた敵に告げる。


「だから言ったでしょう。運がないと」


 後方へ退避しようとする明月の主任に、濃い殺意を向けた。

 横に一閃、相手は痛みに耐えかね膝から崩れ落ちる。

 私は未だ冷徹な眼差しのまま、紬の安否を確認するべく振り向いた。

 その私の姿が見るに堪えなかったのかはわからない。ただ、彼女は私を怯えた表情で見て、耳を塞ぎながら言った。


「化け物」


 次の瞬間、紬は顔を俯かせて、そして――。

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