第26話 刺客

 調和が乱れると、やがてその亀裂から破壊へと繋がる。

 どのような破壊の内容なのかは、その時次第で変わりゆく。


「始まった」


 私は小声で呟く。

 今晩は三人で夕飯を食そうと私の屋敷に集まっていた。

 既に五日目を迎えて明後日は私が強制的に紬を綾部に連れ戻す。そのことを彼女には伝えていないが、円滑に事を進める以上致し方ない。

 病院に行った二日目以降は特別得られた情報はなかった。


「始まったって何が?」

「乱れてる」

「そういえばそんな感じするね」


 人間には調和の乱れを感知する能力を持つ種別がいる。これは最初から持っている能力ではなく、調和を感じる環境にいると自然身につく能力だ。

 このタイミングでの調和の乱れは、紬が関係しているのであろう。

 体感、陰の気が増している。

 紬に変わった様子は今のところ窺えない。


「キョーマ、紬をよろしく」

「結界内に誰か来たのかい?」


 少し振り向いて、何も言わず無言で私は敵のいる方へ向かった。

 庭、そこの周辺に敵数体捕捉。

 廊下を駆け抜け、庭へ向かう。

 死角を伝い、ガラス戸から外を確認。


「後ろか」


 背後からの奇襲、既に刀の刃先は振り下ろされる寸前。小刀を鞘から取り出し、振り下ろされた刀を華麗に避けて敵の首を斬り裂く。

 血飛沫が廊下内と私の桜の着物を汚した。


「面倒ね」


 私の敷地内にも昔張った結界は存在する。ただ、経年劣化による機能低下により、使い物にならないものであった。そんな結界とも呼べないものを頼りにした自分が馬鹿である。


 気になるのは、敵が人間だったことだ。異形の類かと思っていたが、判断が早計過ぎたらしい。

 刺客が何者なのか確認するべく、斬った人間の持ち物を確認する。

 紋を発見。

 見慣れた紋だ。


「これは、キョーマが持っているものかしら」


 今日間が持っている紋と一致していることから明月家だと、私は推測した。

 調和の乱れは夕時ほどから確認出来ていて、紬の件は少なからず裏で話が回っている。


 それを明月が見落とすはずもない、か。

 明月は紬を抹消しようと企んでいるらしい。調和を乱す紬を抹殺すれば、明月は晴れて善人様か。しかし、この程度の調和の乱れで動き、紬を殺めるという行動に移るだろうか。


 一瞬、倒れていた人間が動いたような気がした。


「おい、生きてるならすべて話せ」

「話すわけには……」


 小刀を首筋に立てる。

 私の殺気は本物、微塵の躊躇もない。じんわりと首筋を斬ろうと動かし、相手の身は震えていた。冷汗をかく臆した明月の人間が喋り始める。


「綾部紬の捕縛。それが今回の任だ」

「生け捕りか」


 七日。それを過ぎると何かあるのは明白だ。調和の乱れがより激しくなる何か。

 調和が乱れ始めて、その原因が紬と告発したうえで彼女を殺害。

 そうして、乱れは元通りとなり一線を超えた行為、殺害したとして明月に非はなくなる計算か。藤堂が言っていた化け物という言葉から、余程紬は何か恐ろしいものを持っているらしい。


 ただし。


「相手が私とはついてないわね」


 とっくに気絶している敵を放し、私は立ち上がりながら言う。

 正直、紬に情はなくどうなろうが知ったことではない。

 けれど、依頼を貰った以上は仕事を全うする。

 綾部に連れ戻した後のことは、どうだっていいが。


 少女の自由に生きたいという夢。


 自由に生き。


 自由に行き。


 自由に逝き。


 いつかの自分と照らし合わせた。

 私もそんな時があったな、と。

 兎にも角にも、今は明月を迎撃しなければ。

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