第25話 空の記憶②
落ち込み気味の紬を静観しながら夜を超えた。
今日間と連絡し、近場で有名な脳外科に行くこととなっている。
「朝から着物なんですね」
「ええ。慣れているから着ている。それだけの話よ」
椅子に座る紬に朝食を用意。簡単な白米とインスタント味噌汁なので、口に合うかわからなかったが彼女は美味しそうに口にした。
普段の行動を紬と一緒に一通り終え、外出の準備をする。
「ご立派な屋敷ですね。平夜さんって有名な家ですか?」
「そうでもないわ」
素っ気ない言葉を返す。
昨晩からそれの繰り返しだった。
紬は特段、悪い人間ではない。しかし、最低限の人付き合いで十分な私にとって、仲良くなるメリットは存在しなかった。
脳外科までは公共交通機関を使い向う。
ここ数日は人が多い場所に行くため、殺意と向き合うのが正直難しい。
そんなこんな苦労がありつつ、脳外科に着くと今日間が待っていた。
さて、私は病院という存在が大嫌いだ。
院内に対しての嫌悪感は、五感が過剰に反応しているからである。視覚で捉える部屋、嗅覚で香る臭い、聴覚で聞こえる人々の不安の声、触覚で感じるどこか冷たいような感触、味覚で得る落ち着かないような味、この感覚が私には合わない。
「私は外で待ってるわ」
「それじゃあ来た意味がないでしょ? ちゃんと院長先生の見解を聞かないと」
「今日間伝手でいいはずよ」
「うーん。僕は話を聞いて、僕だけの意見を唱えるより、客観的意見も交えて考えたい」
「院長の言うことが全てでしょ。こちらの意見はいらないはずよ」
「裏が動いているんだよ? とても表だけでは全てが見えないと思うから、さ」
大きく息を吐いた後に、私は顔を院内の方に振って今日間の提案を承諾した。
断るに足る理由が、彼の提案を凌げなかった。
こういう時、昔ならもっと強気になれたと思うのに。
院内に入ると手続きをして、昨晩急遽予約を入れていたので断られることはない。
順番が回ってくると、紬は検査室へと入っていく。
その様子をガラス越しに私たちは見守り、刻々と時間は過ぎていく。
検査内容大きく分けて五つ。
神経検査。
神経系を調べ、異常を探る。感覚や運動機能に問題がないか、正常なのかを確認する。
画像診断検査。
コンピュータ断層撮影。エックス線を用いて脳の断層画像を撮影するものらしい。そこで脳に異常や損傷がないか視覚的に確認する。
磁気共鳴イメージング。磁場と無線波を用いて詳細な脳の画像データを生成する。脳の組織や血管が詳細に分かり、これも異常の確認だ。
脳波検査。
脳の電気活動を記録し、異常なパターンなどを検出する。
血液検査。
語るまでもないだろうが、血液を採取する。
最後に機能的検査。
言語、記憶、運動などの脳の特定の機能を確かめるため、テストが行われる。
以上が今回行った検査の一覧だ。
検査後、紬は別室で待機し、私と今日間が説明を聞くことになった。
私の稀な衣類に、院長は変わり者を見るような眼を向けて来た。
そんな視線は慣れているので今更どうにも感じない。
院長は優しい人相で、声もそんな感じ。
その人物が開口一番に言う。「異常は見られませんね」と。
その後に自分の言ったことを否定する接続語の、しかし、を付け足して続けた。
話によると、やはり紬には何らかしらの記憶障害らしき節はあるようだ。ただし、この病院では病状が確認できないことから異常がないこととなった。
補足だが、節とはやはり十年前丁度の記憶が抜けている点である。
が、どうやら現代の科学技術ではわかりかねるようなのでお手上げで終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます