第24話 空の記憶

綾部 幸人 あやべ ゆきと

藤堂 ふじとう


 電話で得られた情報は幾つかある。

 先程、昼食を店で取り、情報を整理していた。

 そうして、長々と話していたら現在は夕時。

 目的地に歩きつつ、私は情報を再び頭の中で整理する。


 まず、大前提として紬には記憶障害らしい節がある。

 追って整理していく。

 科学寄りの家系、記憶概念、脳科学を専門とする藤堂家という家が存在する。

 科学側なのに裏に精通している、変わり者の家だ。

 どうやら綾部と藤堂は十年前ほどから関わり合いがあるらしい。

 何故藤堂が綾部と関係を持っているのか、問いに対しての答えはハッキリしていない。

 

 それが一つ目の得られた情報だ。

 

 そして二つ目は十年前、綾部に起きた事件の話だ。


 綾部幸人、歳は妹紬の三つ上。その人物が何者かに重傷を負わされた事件があった。


 詳細は不明。

 事件があったという事実だけが得られた。


 そして三つ目。

 これが一番重要なことだが、順番に整理していく。


 まず、彩夏から一つ指示があった。それは紬に質問をするという単純な行動だ。内容は十年前何が起きたのか、というシンプルに疑問を解決する糸口になるかもしれない問いだ。


 十年前と言えば、紬は五歳。覚えていなくても不思議ではない。だから、彼女が言った、「何もなかった」、という発言に違和感はない。

 しかし、その時から外出を禁止された、と彼女は言っていた。


 深堀するべく、四歳の時、六歳の時の質問をするとハッキリ答えが返ってくる。では五歳の時はというと、何も覚えてはいないらしい。

 これにはさすがに違和感を覚えてしまう。


 ちょうど十年前、記憶操作ができる藤堂家と関係を持った年。その時の記憶が紬には無いことから、何か隠された事実があると疑っている。


 とはいえ、現代の技術で記憶を消すのは難しいと彩夏は言う。


 記憶は脳内の複雑な神経回路によって形成されており、個別の情報を単純に抹消することは極めて困難らしい。また、個々の記憶が脳内で孤立しているわけではなく、他の記憶とも相互に結びついているので、抹消は今後も難しいとされる技術だ。


 一つ可能性があるならば藤堂家が独自に生み出した魔術、異能系統ならば話は別だ。そのような能力は聞いたことがないが、あり得ない話ではない。


異端な力はこの世に数多と存在する。

異端な力は日常を揺るがし、非日常を味合わせる。


それを体験しているからこそ、調べない選択はなかった。


「見えてきたわ」


 藤堂の自宅が見えてきた。

 立派なマンションに住んでいるらしく、帰宅の瞬間を狙う策に出る。

 学者なので直接のコンタクトは取れなかった。忙しいからなのか、怪しまれているからなのかは定かではない。


「紬、ちょっとそこのコンビニで飲み物買ってきてくれる? ホットのコーヒー」

「あ、僕も同じので」

「あ、わかりました」


 今日間が紬に現金を渡し、彼女はコンビニまで歩いて行った。

 その間に、藤堂と思われる人物が帰ってきた。彩夏の情報通り、ガタイのいい身体。丸眼鏡をかけ、黒いコートを羽織っている。


「少しいいかしら?」

「誰かは知らないが、私は君たちに協力する気はない」

「僕たちのことは大方、綾部から聞いているということか」

溜息を吐き、それを首肯の意と捉えてよさそうだ。

「あなたは綾部家ではない。私は特別家柄だのどうでもいいから、下手すると斬るわよ」

「君に私は殺せない」


 その一言が私の殺意の引き金となった。

こいつは私の存在を知っている。知っているから余裕を見せられる。不快だ。

 掌の鞘から刀を豪速に取り出し、烈風の如く藤堂に斬りかかる。


 狙いは首だ。


 一番に恐怖を覚える場所、そこにダメージを負わせるはずだった。


「結」


 背後から声が聞こえ、横薙ぎした刀を首筋ギリギリで止める。

 風が荒波のように巻いたのが見え、私は鼻息を溢しながら刀を鞘に納める。


「ご勝手に」


 択は今日間に委ねる。

 脅して答えを貰うか、この場は一旦退くかの二択だ。


「僕たちはただ、紬のことを知りたいだけなんです。だから、教えていただけませんか?」

「教える義理はない。ただ、彼女は化け物だ」


 侮辱を言い捨てて、藤堂はマンション内へ入っていった。

 その台詞を吐く時、私を見て言ったのは皮肉だろうか。


「あのー、飲み物買ってきましたよ」

「――え? ああ。ありがとう紬」


 紬からホットコーヒーを受け取り、かなり熱いであろうそれを躊躇いなく頂いた。


「ところで、先程の方は誰ですか?」

「藤堂よ。話を聞こうとしたけど、無駄だった。また振出しに戻ってしまったわ」

「藤堂、やっぱり私と関係はあるのでしょうか……」

「さあ、どうかしらね」


 あの口の開き方は知っていると見て間違いはないだろう。

 私の存在を知っている点からも、裏には精通しているという情報は間違っていない。


「結局得られた情報は彩夏さん頼みのものだけだったね。もう夜だし、今日は解散しようか。あ、紬は結の家に行ってね」

「キョーマ、何で私なのかしら」

「結はあれだから。ツンデレだから。紬は怖がらなくていいよ。内心喜んでると思う」


 本人の前で言うことではないだろうに。

 それに、何も喜ばしいことはない。厄介な居候が一週間もいるとなると、落ち着かない。


 独りは辛いが、一人は好きだ。

 それを今日間はわかっていない。


「では、平夜さん。今晩はよろしくお願いします」

「それじゃあ、明日は病院でも行ってみる? 脳外科」

「あてもない、ならそのくらいしかできないわ。それじゃあ今日の仕事は終わりね」


 私は二人に背を向け、自宅への道を歩き出した。

 ちらり、後ろを見ると今日間に頭を下げ、こちらの背を追う紬。

 少しおどおどしている。そんなに私が怖いのだろうか。


「……化け物」


 何か小声が聞こえた。

 けれど、私は聞こえないふりをする。


 彼女にとってその侮辱は、一概にも否定できるものではないかもしれないからだ。

 紬の内に秘めている感情は、やはり不安だろう。自分自身のことが分からない状態でこんなことを言われ、さぞかし気が滅入っているだろう。

 私にとってその言葉は、言われ慣れた戯言にしか聞こえなかったが。

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