第23話 交渉
「誰⁉」
少女は肩を触れられ、反射的に身を退いて振り向いた。
彼女の瞳に映るのは、お節介が大好きな明月今日間だと思う。
私は目立つ服装だが、彼女の視界内にはいない。
適当にそこら辺を歩いて、説得は今日間に任せる判断をしたためだ。けれど、やはり気になるので、二人を視界に入れて声も届く距離にいた。
そうなると自然、死角に隠れる形になっていた。我ながらやることが陰気だな、とは思ってしまう。
「ごめんごめん、明月今日間だよ。昨日ぶりだね」
「今日間さんでしたか。ですがなぜこちらへ?」
紬の眼差しは鋭い。
大方、内情は読み取られているだろう。
紬は逃走を図れる距離感を維持しながら、会話は続いていく。
「まあ、端的に言うとね、君を綾部の家まで連れ戻す依頼が来たんだよ」
直球もいいところだ。
隠し事を一切しない姿勢は、時に身を滅ぼすこととなる。
これでは紬のご機嫌を損ねるだけの発言、予想通り彼女は一歩身を退く。
「その依頼、破棄してもらえませんか? 私の願いは尊重してくれると、昨日」
「尊重はするさ。まず僕らに来た依頼は、君を七日以内に連れ戻すこと。それだけなんだけど、僕はどうにも納得がいかないんだよね。君を綾部に縛る理由が」
明月の家に縛られない今日間だから、家に縛り付ける綾部のやり方を好ましく思っていない。私もそれについてはかなり同感だった。立場を入れ替えて考えた時、彼女の立ち位置はかなり辛い。
しかし、だからと言って依頼を破棄する気も毛頭ない。
他人にそこまで尽くすのは、私はやる気も起きなかった。
「僕は明月の人間だろう? でも特別縛りもないし、縛られたくない。それが今の時代は裏の世界でも当たり前だ。だから、出来る限り君の納得のいく方向で穏便に話を済ませたい。それが僕なりに出来ることかもしれないからね」
「でも、結局は帰らないといけないのでしょう?」
「その帰還の理由が僕は知りたいんだけど、君自身も知らないなら探るしかない。君を帰還させる理由は、恐らく調和の乱れに関係している。要は君が外に出ても調和が乱れないようにすればいい話。七日がタイムリミットなのが気になるけど、今はわからない。だから僕を一度でいいから信じて、一旦帰還してくれないかな?」
今日間の言い分はこうだ。
自分が紬の外出許可を貰う代わりに、一度彼女には戻ってもらう。調和の乱れについては今日間自身で調べ、解決すると言った感じ。まあ、私頼みではあるだろう。
「今日間さんが嘘を言っていないのは何となくわかります。だから、帰るのは七日目。そして、調和の乱れについては私も一緒に探る。それでいいですか?」
紬の提案に今日間はしばし黙って、困ったような表情を見せた。
その困惑の心情は、紬を危険なことに巻き込みたくないからだろう。
それと、この提案を拒めば、交渉の決裂の可能性がある。だから安易に今日間は提案を拒めない状況下であった。
「……わかった。ただし、危険な行動は厳禁だからね」
「大丈夫です。もう一つ質問なのですが、あちらの平夜さんもご一緒に?」
「気づいていたのね。案外、あなたってこっち側だったりするのかしら」
「こっち側?」
紬には言葉の意を汲み取ることできなかったようだ。
それにしても、気配を殺していたのに気づかれるとは、やはり彼女は普通でない。
「早速調和の乱れの手掛かりを探すの?」
「いや。僕は紬の意思を尊重するって言ったからね。彼女は外の世界を見たいんだ。今、水族館を見ているように。だから、探るのはもう少し堪能してからでいいよ」
「そんなに悠長にしていると、取り返しのつかないことになるかもしれないわよ?」
「それならその時考えるさ」
これ以上急かしても、行動は変わらなさそうだ。
「それにしても、夢中で水槽を見るのはいいのだけれど、何が良いのかしら」
瞠目して紬は水槽を眺める。
自然と掌がガラスに触れて、何かデジャヴを感じる。
「結もさっきこんな風に見てたよ」
「冗談」
表情筋を微々と変えず、私は言った。
その後は淡々と館内を進み、一時間もすれば外に出られた。正直、昼時の日差しの殺傷能力は恐ろしい。快晴なので、外に出ても青に染まっていた。
「で、やっぱり彩夏頼みなの?」
「まあ、時短できるならそうなるね。自分たちで情報をかき集めるのは大変だから」
気乗りしない。
彩夏を頼るのはどうにも癪に障る。
複雑な心境だ。
この感情や態度は自己独立心が強く、他人に依存することを嫌う傾向にあるはずだ。自己解決したことにより、誇りや満足感を得られる。が、それ以上に私は他人に頼ることが弱さや不満に繋がると感じている。不老不死のため、それは人一倍に持っている。
にも拘らず、私は今日間に少なからず頼りを抱いていた。
心境の齟齬に、もやもやした気持ちになる。
現代でこの心境のまま生きるのは、些か難しい。
全ての状況で他者の力を借りず、問題を解決することは難しい。人間関係、仕事関係ではお互いに協力し合うことが必要な場合もある。まさに現状だ。
だから、私は最低限の人間関係で済む現在の事務所で働いているのだが、彩夏を頼ることに未だ抵抗があった。
しかし、状況打破のためにも、頼ることは致し方ない。
それこそ私の我儘で依頼が達成できないのは、自業自得な気がする。
「今日間、ほら電話」
「わかった」
ポケットから携帯電話を取り出す今日間は、電話をかけ始めた。
その様子を未だ訝し気に見る紬。彼の言葉は信用するが、全てが上手くいくとは考えていないのだろう。
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