第22話 遠回りする碧

 やはり都心は苦手だ。人気が多く、活気だっているような印象だ。高層建築物が沢山並んでいて、見るだけで疲れる。

 そんな道のりを超えて、やって来たのは水族館。

 今日間いわく、ここにいるらしい。


「……」


 人々の騒音が聞こえる。水族館の中に入れば、静かになるだろうか。

 五感については戦闘で鍛えられているため、嫌でも雑音を耳にしてしまう。誰が何を言ったのか、大抵気にしなくてもわかってしまうため嫌な癖であった。

 そんなぼやきを唱える間もなく、私たちは受付を迅速に済ませ入館する。

 人の数がかなり減り、騒音もあまり耳に入らなくなった。

 青の静寂の中、今日間の背中をゆったりと追って行く。


「結ってさ、水族館とか来たことある?」

「そんなこと、とっくに忘れたわ」


 水族館など多分来たことはないと思うが、確信に欠けるので言葉を濁した。

 館内を進んで大きな水槽の前、私は楽しくもない時間を過ごす。

 それなのに何故だろうか、水槽の青い世界を眺めて、無意識に瞠目していた。

 ふと、掌が水槽のガラスに吸われるように触れた。


「青っていい色だよね。心が軽くなるような、そんな色」

「そうかしら。青なんて、とっくに見飽きたわ」


 空は青い。海は青い。毎日見る青い色に、私は嫌悪感のようなものを抱く。

 すると、今日間の鋭い指摘が耳に入った。


「なら、どうしてそんなに青い世界を見るの? 君は、結はいつも青い空を眺めて、今だって青い水槽の中をまじまじと、楽しそうに見ていたじゃないか」


 私が楽しそうに水槽を見ていたなんて、笑止。


「別に。青は嫌いなの。空や海、いつも見ている色だから、嫌いよ。トラウマとは違うけど、忌々しい色に変わりはないわ。青を見ると苛立つの」

「もしかして同族嫌悪みたいなもの?」


 私が変わらない青と同じようなものだから、今日間はたとえに同族嫌悪と言う。


「同色嫌悪、そっちの方がしっくりくるわ」


 もちろん造語だ。

 同色嫌悪はそのままの意味で、今も昔も変わらない青い同色に嫌悪感を抱くという、勝手に作ったワードだった。

 もっと的確に言うならば、同色害意。

 同色に対して害とみなし、視界から消し去りたくなるような感じだ。


「どうして水は青く見えるのかしら」

「光に関係しているんだけど、光が水に当たった時、青い光が散乱され、赤い光が吸収されてしまうからだよ」


 自分で聞いておいて悪いが、特別答えに期待していたわけではない。

 今のは質問のように聞こえて、ただの愚痴であった。

 どうして水が青く見えてしまうのか、と文句を言いたかっただけだ。

 一息ついて、今日間が水槽を見ながら口を開く。


「君は僕よりもこの世界のことを沢山知っている。でも、君の知らないことを、僕が知っていたりする。そう考えると、君の知らないことを教えてあげたくなるんだ。なんでだろうね」

「要は知識の自慢、自己満足で満たされたいだけね。実に良い心根を持っていることで」

「なんてんだろ。そういうのじゃないんだけど、まあいいや」


 そう感慨深そうに彼は言う。

 きっと、彼なりに私へ歩み寄ろうとしているのだろう。それを毎度、私は拒む。

 近づこうとする彼から私は遠ざかり、いつか来る恐怖の対抗策であった。

 近しい人が死ぬ時、多分後悔するだろう。近づかなければよかった、と。


 私は今日間を殺したくない。けれど、殺意から殺してしまう時が来るかもしれない。

 殺したいのに、殺したくない感情が、それはどんな感情なのか定かではないが来るかもしれない。その時、私はきっと後悔する。だから、近づかない。


 パシャリ、カメラが写真を撮る音が聞こえた。


「結、君はいつも綺麗だね」

「それはどうも」


 哲学的な話や科学的な話より、こういうどうでもいい会話の方が私は好きだ。

 尤も、会話になっているのかは人の受け取り方にもよるが。


「さて、紬を探しましょうか」

「そうだね。近くにいそうだし、早く見つけようか」

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