第20話 依頼②
「今回の依頼は今日間向きね。私の出る幕はないわ」
「言い忘れていたんだが、綾部紬を連れ戻す期間は七日以内だ」
「ん? どうしてですか彩夏さん。七日以内に連れ戻さないと何かあるんですか?」
「ああそうだ。報酬が出ない。平夜、これは大事だろ?」
否めない現実に嘆息した。
今日間に全てを任せておくと、七日以内には連れ戻さないだろう。彼は己の利がなくとも他人の意思を尊重する。紬の願いを尊重しながら今回の依頼をこなすとなると、七日以内では間に合わない。
あの様子では七日で大人しく紬が帰還したがるはずもない。
全てを今日間に託すのは、不安が大きすぎた。
「わかったわ。私が強引に連れ戻す」
「ちょっと待ってよ結。僕が何とか説得するから、強引にするのはやめよう?」
「随分と余裕ね」
不機嫌な私の言の葉だが、今日間は苛立つ様子を少しも見せない。しかし、今の言動の内容に不服はあるようだった。
彼は必死に最善策を考えるかのように、思考を巡らせるポーズを取る。
私としては報酬を貰っておきたいので、一歩も譲る気はなかったが。
「わかった。七日目。僕がもし彼女を連れ戻せなかったら強引に連れて行って」
「そう言うだろうと思った。仕方ない、か。少しばかり今日間に譲る」
「まあそんなにむくれないでよ」
微笑する今日間は頬を引っ掻きながら私を宥めた。
「やけにすんなりしているな。平夜、熱でもあるのか?」
「そんなに聞き分けが悪いわけでもないわ。どうせ、最終日に強引に連れ戻すことになるだろうし」
彩夏から見た平夜結の人物像はどうなっているのだろうか。
茶化す感じでもなく、素で私の体調を窺った。普段から自分で突っ走って依頼を解決する私なのは確かなのだが。
二人から見た私の人間性の評価はやや低すぎる傾向にある。
「で、自信満々なのはいいのだけれど、今日間。考えはあるのでしょうね?」
「考え? 特にないけど」
私は両腕を組んで肩を落としつつ、大きな息を吐く。
今日間は一寸の迷いなくハッキリと、清々しく言った。
流石に呆れてしまう。
紬が簡単に綾部に戻ることはないだろうに、彼は何の考えもなしに突っ走るらしい。どこかの殺人鬼と同じやり方だ。
だから、責めた言葉は放てず、呆れた態度を取るしかなかった。
「とりあえず接触することから始めようか」
「まあ、好きにして。どうせ私が出る羽目になるだけよ」
「それじゃあ二人ともあとは任せたぞ」
「了解です、彩夏さん」
そう言って今日間はポケットから紙を出した。魔法陣の描かれている紙だ。
彼は陰陽家系ながらも、呪術の類は苦手だ。しかし、どうしてなのか魔術の類を扱うのは得意な方らしい。本来、陰陽家系の人間には魔術の適性は無いに等しいのだが、今日間は稀な存在だった。魔術を使用できるが、家の方にはそのことを話していないらしい。
魔術を使えると知れたならば、明月から追い出される可能性も否めないかららしい。
それだけ、裏の界隈は面倒なのだ。
「それじゃあやるよ」
紙に手を添え、意識を集中させている。大きな青い光りが生じると、紙の端に今度は小さな青い光りが付着した。この光の方向が紬のいる場所、つまりはレーダーみたいなものだ。紙を動かしても、方向は一点を示している。
「いつも思うけれど、これ方角だけしかわからないのよね」
「もっと上位の魔術は練習中だから、今は我慢して」
決して慢心することなく、今日間は遠慮がちに言う。
上位の魔術が使えなくとも、魔術師の存在自体が稀なので誇ってもいいことなのに。
「そう。で、この方角はやっぱり都心の方かしら」
「みたいだね」
おおよその距離はわからずとも、方角で都心にいると推測した。
一夜しか経っていないので、あまり遠くへは行っていないと思われる。
「それじゃあ早速向かおう……。って結は?」
「平夜ならもう玄関だ」
今日間がレーダーをジッと見ている間に、私は先に外出しようとしていた。
扉を開けて外に出ようとした時、妙な会話が耳に入る。
「紬の音階が聞こえない病気って関係あるんでしょうかね」
「ん? なんだそれ」
「いや、昨日会った時、彼女は自分で言ってたんですよ。特定の音階が聞こえない、と」
「……音階、…記憶」
「彩夏さん?」
彩夏の名を口にする今日間だったが、それ以上に会話が続くことはなかった。
彼女は一度思考を巡らせ始めると、周りが見えなくなる癖がある。だから、彼も諦めて玄関に来たらしい。
靴を履いて外に出る。
「彩夏さん、行ってきますよ!」
今日間の大声に、何も返答は来なかった。
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