第19話 依頼
「彩夏、何か用? 手短に」
「開口一番にそれか」
「まだ起きたばかりで眠いの。切ってもいいかしら? どうせ呼び出しだろうけれど、いきたくないわ。だって、今日はやる気が出ないから」
「察しが良いな平夜は。まあまあそんなに機嫌を悪くしないでくれ」
「これ以上機嫌を損ねさせたくないのなら、電話を切ることね」
「彼がどうなってもいいのかな?」
彩夏は悪戯を企むように笑って言った。
台詞だけ聞くとまるで人質でも取ったかの発言だ。
いや、今日間の話題を出し、私を事務所に誘い出すのは人質を取った、そういう受け取り方でも正しい。
多分、彼がまた面倒なことに首をつっこんだのだろう。それが彼の第二の才だ。
「で、態々事務所に行く必要がある? 電話でもいい気がするのだけれど」
「平夜、それじゃあ事務所の意味がないだろう」
「そう。意味ないのよ」
「全く。意味があるから事務所を開いているのだよ。それに電話越しで長々と喋るのも疲れる。彼も呼んだ。平夜の家からここまでそれほど遠いとは言えないだろう?」
「わかった。行けばいいんでしょう。何時そっちに?」
「来れるのなら今すぐ」
「はぁ。わかったわ。今から出る。それと、綾部の件、報酬出るんでしょうね。一度殺された、せめて六ケタはないとわりに合わない」
「ボッタくりが。せいぜい五ケタだ」
電話を切った。
殺されて一万円札一枚とは、どっちがボッタくりだ。
と、愚痴を溢しても事態は変わらないので、私は玄関に向かう。憂鬱な気分のまま、私は扉をやる気ない手で開いた。
◇◇ ◇◇ ◇◇
今日は天気が良い。
だからといって何かあるわけではない。憂鬱が晴れるわけでもなかった。
事務所に着くとインターホンを鳴らさずに、玄関の扉をガサツに開ける。
「平夜か。ちゃんと来たのか」
「言われたから来るに決まっているでしょう」
「そんなに真面目だったかな?」
扉越しからの彩夏の茶化しを聞き流す。
彩夏と今日間がいる部屋に入ると、彼はコーヒーを飲みながら左手を挨拶代わりに上げた。スルーをして、私はソファーに座る。
自分でも無愛想だなとは思うが、毎日のように会うのにいちいち反応していては面倒くさかったりする。
さて、私を呼び出した肝心の彩夏の方は、こちらもコーヒーを飲みながら書類に目を通していた。真剣に見ている様子、しばし沈黙の時間が過ぎていく。
五分ほど経って、彩夏がハッとこちらを見た。
「ああ、悪い。少し書類の方に意識を向けすぎていた」
仕事熱心で私には真似できない芸当だ。凄まじい集中力を持っているらしい。
その集中力が低下したことで、やっとこちらに意識が向いてくれた。
彩夏は一口コーヒーを軽く飲むと、カランとコップを置いたと同時、声を発した。
「今回も綾部の件についてだ」
「まあそうでしょうね。綾部の件は決着がついたのかしら」
「いや、まだだ」
彩夏が私の問いに首を振った。
結界も落ち着いていたけれど、まだ事件は治まっていないようだ。
紬がやはり家に帰らなかったと思われる。彼女は今回の件の核のような気がするからだ。
ただの直感、けれど生き物のそれを甘く見てはいけない。
私も、そして恐らく今日間も同じように、紬には何かがあると思っている。
肝心の何か、それはわからないが。
「今回の事件だが、ウチで対応することになった」
「は?」
ポカンと口を開ける私を見る彩夏は、クスッと笑いを見せる。予想通り、といった彩夏の涼しげな笑みに、私は額のしわを寄せる。
意外にも動揺してなかったのは今日間の方だ。彼は昨日に紬を監視する役目を与えられたため、何かあったのだろうか。
しかし、そも綾部が他の家に対応を任せるとは、異例である。
「それ、綾部からの依頼なのかしら」
「そうだ。どうしてウチが、と言いたげだな。その理由は二つある。一つはウチの場合、他言はしない。つまり、綾部の信頼と地位は揺るがないからだ」
彩夏の交渉術ならば、今の発言にも頷ける。
他言しないことを条件とし、ウチの事務所で依頼を受ける。当然、報酬も出るだろうからウィンウィンの関係である。
しかし、ウチに頼まなくとも、綾部家自身で事を解決することも可能なはずだ。それがどうして、ウチに頼むのか、当然疑問に思う。
「ああ、言葉の綾があったな。今回の事件の一端をウチで請け負う形だ」
「一端?」
「綾部紬の保護、ですね」
今日間がその一端の内容を切り出す。
紬の保護、それを綾部家が断念したと言うのか。
「そうだ。君は昨日、綾部紬と一緒にいたからわかるのかな?」
「まあ何となくですかね。二つ目の理由は僕たちが接触しているかでしょ彩夏さん」
「ストップ。ちょっと私にもわかるように説明をくれるかしら」
「悪い悪い。依頼内容は紬を綾部家に連れ戻す。家出少女を帰るように説得する。綾部自身ではどうにも都合が悪いらしい。私は、まあ推測だが綾部紬を刺激できない理由がある、と考えている。そこにつけこみ、こちらで対応するよう交渉した。勿論、報酬はかなり弾む。期待してもいいと思うが。平夜、いつになくやつれた顔をしてるな」
「当たり前」
化け物退治なら颯爽と終わらせるが、人間関係、交渉ともなると私の活動範囲外だ。
彩夏と紬は相性が最悪、互いの利を追求する彼女の交渉では今回の一方的な提案に紬が乗るはずがない。となれば、頼りは今日間だ。彼のお節介と根気強さが依頼の核を担っている。
「で、今日間が分かった理由は?」
「それはね、昨晩、紬は綾部家に帰らなかったんだ。だから少し追いかけたら認識を鈍らせる術を自身に付与していた。だから、何かあるのかと思っただけだよ」
やはりストーカーをしていたようだ。
と、茶化す前に一つ確認しなければならない。
「追跡」
「勿論。あっちの術の構築中に追跡する術をかけといた。こういうステルス系の術は得意だから、バレテないと思う」
戦闘能力はないくせに、こういう変わったところで力を発揮する。
いや、今日間もそれなりに力量はある。しかし、明月の家に強者が多いのと、私が不死で強いから感覚麻痺しているのだろう。
「ただのストーカーね」
「それは言わない流れでしょ」
私の苦言に対して苦笑いするしかない今日間であった。
ともあれ、彼のおかげで依頼が楽になるのも事実、あまり茶化せないのが残念だ。
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