第16話 飲まれ、微睡、抗えず

 森の中を水が弾ける音を聞き、風撃を回避しながら走る。

 ある程度の深さまで来ると、私は減速して振り返った。


 式神が大剣を翳し、接近してくる様子が最初に見えた。木々を足場にして、私も相手へ接近を始める。木々が削れる音、風撃だ。方向を音でざっくり確認し、木を蹴飛ばして回避する。風撃と連動して敵は襲ってくるが、こちらの機動力には追いつけていない。


 敵を囲むように飛び回り、翻弄する。背後を取った瞬間、私は勝ちを確信した。

 大樹を蹴り飛ばして式神に直行、背を向ける相手に私は刀で斬り裂く。

 痛覚を刺激し、それにより式神は悲鳴をあげた。人間よりも音域の高い、耳を劈くような不気味な声であった。


「一撃では終わらないのね」


 激情したのか大剣を意味なく振り回し、暴走状態とでも言えばいいか。


 楽にさせてあげよう。

 冷徹な眼で、式神に近づく。


 違和感。


 風が少し落ち着かない様子だった。

 ふう、と考えるようにため息をついた。


 同時、竜巻が生じたような、荒々しい風が吹き乱れ始める。

 逃げなければ、そう危機を持った頃には何事も遅い。

 木々が倒壊する音が聞こえ、その轟音は全方位から。


 ここら一帯を全て壊すつもりだろう。なれば、その前に風を操っている張本人を斬るのが最善策。躊躇わず水と葉が混じった地を蹴飛ばし、殺気を頼りに能力者に直進する。


 前方から風撃を確認するも、私は止まらなかった。この身が斬り刻まれようとも、すぐに再生するため問題はない。そのはずだった。


 何か鈍器のようなもので嬲られた感覚、視界には雲からひょっこり顔を見せる月が映っている。視界が荒げ、今度は地べたが確認できた。


 身体のどこにも斬られたような感覚が得られなかった。

 考えられる要因は、直前まで見えた風撃によるもの。

 打撃を食らった感覚があることから、風撃の性質が変わったらしい。


 鋭利だったものから、鈍角なもので殴られたような攻撃だった。

 一先ず周囲を見渡す。この辺一帯木々が倒壊し、茶の葉がひらひら宙に舞う様子は美麗。


 得られた情報はそれくらいだ。


「……い」


 誰かが私の名を呼んでいるような気がする。

 誰だろうか。

 答えは一人に決まっている。


「今日間、来るな!」


 声の主である今日間の方に、私は立ち上がり大声で言った。

 このリアルでも、架空の物語のようなテンプレ的展開はあるものだ。大抵、本の中の世界では、こういった展開で叫んだ頃には手遅れである。


 リアルも、同様だった。


 瞳に映る世界で、歪曲した何かが見える。それが今日間の方へ向かって、やがて衝突する。次に認識できたのは、赤い何かが噴き出たことと、彼が倒れたことであった。


 小雨のせいで視界が悪くとも、何が起こったのかは明白だった。

 目を見張る。呆とした瞳で、心の中は虚無だ。


 何も感じない。怒りや悲しみよりも最初に芽を出した感情は、殺意だった。


 刀を握って、先程殺気が濃かった能力者の方に突っ走る。

 殺す。それだけが心の中にあった。


「邪魔をするな」


 式神が私の殺意に介入してくる。相手は殺気では退いてくれず、それならば斬るしかない。一振りして能力者の方に行こうとするが、着物の裾を式神が掴んで離さない。


「そんなに死にたいの?」


 主を守るために苦痛を知って尚、私を止めようとする。

 斬った。殺せないのに、式神を何度も斬る。ただ、斬り刻んで、悲鳴を聞く。

 既にこれの主の殺気はどこかへ行き、逃げたようだった。


「……結」

「キョーマ?」


 何故か疑問符が浮かんだ。

 私は何をしているのだろうか、と今日間に教えてほしかったのだ。

 これは望んでいたわけではない、しかし殺意に抗えない。


「結。……泣かないで」


 今日間は浅い傷口から血を流し、けれど微笑んだ。

 ふらふらと立ち上がり、自身が涙を少し流していることに今気が付く。

 これ以上、何かを傷つけることは耐えきれない。けれど。


「キョーマ」

「…………?」

「今から私はお前を殺す」


 出てきた言葉は、私の願いとは真反対であった。

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