第13話 小雨に希う

 物語の終わり方にはハッピーエンドとバッドエンドがある。


 今日間なら前者の方が好きだろう。彼の嗜好からそう読み取れる。

 では後者に向かって言った場合、彼はどんな思いを抱くだろうか。

 私はふと気になっていた。


 今日間ならたとえバッドエンドが確定していたとしても、意地でも健やかに終われるように、最低限の幸福を残したがるだろう。

 

 仮の話だが、彼は死に際、幸福を残すため傍に私がいると何か告げるだろう。


 それが気になっていた。


 人間は限界を迎えた時、咄嗟の時、正直な発言をする。

 それが彼らしい優しい言葉ではない事だけは知っていた。


 だって。


 本当は他愛もない会話の方が、彼も私も好きだからだ。


◇ ◇◇ ◇◇ ◇ ◇◇ ◇◇


 十月二十六日

 

 神社の跡地。

 荒れた木製の建造物の数々が目立つ。

 今夜の月は普段通り煌びやかで、不気味な笑みで眼下に見下ろしていた。

 

 足元の落ち葉が靴音を掻き消す、そんな静寂の中、呆とした双眸で歩く。茶の葉がひらひらと落ちる。秋という季節の実感は、外気の温度よりもその光景で得ていた。


 落ち葉が一面に広がり、茶色のカーペットを敷いている感じだ。


 殺気が一つ、視線は二つ。


 私がここに来た理由は、戦闘が起きても周辺に何も害を及ぼさないからだ。

 一週間前から私は何者かに襲われるようになった。それを迎い討つため、私はあえておびき寄せる形を取ることにした。平夜家の屋敷を壊されては、堪ったものではない。


 今宵の殺意は敏感。だから彼には来てほしくなかったし、来るなと釘を刺していた。


 それを簡単に破るのが、明月今日間である。


 流石に自分の命くらい大切にした方がいいと、こちらが怒声を浴びせねばならない。


 傘を持ちながら、こそこそと遠くにいた今日間が近づいてくる。


 今宵は、雨が降る予報だった。


「……結。やっぱり、たとえ僕は無能でも、君の近くにいて力になりたい」

「傘、持ってきてくれたのね。でも、あれだけ釘を刺したというのに、……呆れた」


 怒れない自分に、呆れた。

 ため息が自然と出てくる。


 怒ってやると苛立っていたのに彼を見た途端ホッとして、安堵に包まれその気が失せた。他人よりも自分可愛さが優先された瞬間だ。今日間が物理的な危機で傷つくことよりも、精神の安静を私に齎すため怒らなかったのがその証拠だ。


「……帰って」


 小声で呟く。

 今日間は呆けた面で、今の呟きに聞かないふりをする。だから、こうするしかなかった。


「――帰れ!」


 刀で傘を斬り、私は怒声をあげる。

自分以外どうだっていいと、生まれてから自身を洗脳するように唱えてきた私は、この瞬間に今までの自分の思想を裏切った。他人を想った瞬間だ。


 呆れているだけでは、今日間はいつか死ぬ。それが今回の事件とて例外ではない。

 彼は言った。平夜結を想うのは、自分自身の我儘だと。その我儘に振り回されていると、いつか取り返しのつかないことになる。それに、やはり今日間は他人の優先過多ばかりだ。自身のため、自身の我儘と言い訳を重ねようと、結局は他人を優先して、自分の首を絞めるばっかり。


 だから、一度は怒声を浴びせないと、自身の危うさをわかろうとしない。


「……結」


 今日間を睨む。かつてない程の殺意を、彼に向けた。

 けれど、反ってきた言葉は、普段通りのものだった。

 彼は本当に狂っている。


「そんなに手が震えているのに、一人で帰れないよ。それは殺意からきている震えじゃない。君は殺人に愉悦を求める人間じゃないって知ってるからね」


 雨が降り始めた。小雨だ。

 既に傘は断ち切った。よって雨を凌ぐ方法はなくなっていた。


「勝手にしろ」


 彼を言い負かすことは叶わない。たとえ正論を言っても、たとえ殺意を向けても、全て身勝手な論と優しい言葉で諦めさせてくる。


 苛立ちながらも、私は彼の同行を許可した。



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