第12話 奇妙な香り


 私は嘆息すると、今度は今日間が疑問符を浮かべる。


「さっきから気になってたんだけど、最初に何かボーっとしている感じ、何か考えてる?」

「えっと、私は特定の声が聞こえないんです。だから所々二人の質問が分からなくて、考えて勝手に補完していました」


 奇妙な病気の持ち主だ。まあ、私が言えた立場ではない。

 今日間は納得した顔を見せて、それ以上の言及はしなかった。それが彼なりの配慮、なのだろう。人間、知られたくないことを追及されるのは嬉しいことではない。


 私とて例外ではない。彼にはあまり呪縛について追及されたくないからだ。それを分かっているからなのか、深く呪縛について追及されたことはない。


 店員がホットコーヒーを持ってくると、私は姿勢をあまり変えずストローを使い美味を堪能した。苦くも甘くもない、丁度いい感じ。久々の喫茶店でのコーヒーである。


 自動販売機の缶コーヒーも好きだが、店で頂く一杯も悪くない。しかし、手軽さを考えると、やはり自販機で買って飲む方が面倒くさくないので私には合っていた。


「はぁ。美味しいけれど、態々ここまで来たのに有益な情報は得られなかったわ」

「す、すみません」


 考慮ない発言に紬は謝罪した。別に責めているつもりはないので、謝られても困る。


 不幸中の幸いなのか、今日は殺意が薄いので外出には丁度良かった。


「……その着物」

「これがどうかしたの? 特に変わった物じゃないわ」


 私が着ているのはただの桜色の着物だ。

 都心にある着物屋で買った、ごく普通の一品。何年前に買ったかは定かではない。

 紬は私の着物をまじまじと見て、目を見張っているようにも窺える。


「そんなに欲しいの? 普通に売っていると思うのだけれど。ああ」


 そうか、紬は病気で家にずっと籠っていたのだった。

 今の時代、裏の世界でも着物を纏う人間は少ないため珍しく見えるのだろう。


「ところでキョーマ、今日はあなたの監視でいいわけだけど、明日以降そうもいかないわ」

「ねえ紬、外の世界が見たいんだよね。だったら綾部と交渉するから、結の家にでも泊まったらいい」


 勝手に話を決めないでほしい。

 内心で嘆きながらも、それぐらいしか対応できないので仕方がなかった。彼女が宿泊する先はどこでもいい。しかし、金銭が絡んでくる以上、こちらから無駄金は出せない。


 ギリギリ生活できる程度の収入しか貰っていないからだ。

 更に言えば、家にいるのは都合がいい。仮に紬の本性が見えたとして、即座に対処できるからだ。綾部家の事件は、紬の言葉から解決していないと見る。しかし。


「……? いえ、大丈夫です。こちらにも考えがあるので」


 そう都合のいい方向にはならなかったが、仕方がない。


「そう? じゃあいいか。ちゃんと家には帰るんだよ」


 紬に対してもお節介病が発動している。


 さて、紬の件だが多分、家には帰らないだろうと確信を持てる。私的には事件が大きくなってから対処してもいいのだが、今日間は心配性からストーカー行為をやりそうだ。


 そもそもの話になるのだが、前提として綾部が事件を大きくしないと思われる。

 会話が落ち着くと、重要な件を忘れていたことに気がついた。


「で、キョーマ。結局私を呼びだして、何を話したかったの?」

「え? 綾部の話。結も直接聞いた方がいいかなって。でも結局、事件のことはわからなかったね。残念だけど、結も久々に他人と話して気分転換になったんじゃないかな?」


 結果論だが、私が来る必要はなかったらしい。

 今日間から話を聞くだけで済んだので、無駄に足を運んでしまった。

 今回の話を彩夏の元へ持って行き、事の顛末は彩夏が教えてくれるだろう。

 綾部が身軽な動きを見せている以上、大きな問題は見られないはずだ。


「じゃあ、私は帰るから」

「ん。僕は今日一日紬のこと見とかないといけないから、今晩は夕食持って行けなさそう」

「いらない。空腹だったら家で適当に食べるわ」


 ホットコーヒーを飲み終え、私は立ち上がりながら言う。

 ガラスの戸を開けると鈴の音が聞こえ、一仕事終えた気分に浸っていた。

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