第11話 謎
読み方 綾部紬(あやべ つむぎ)
~
十月、十二日。
昨晩は儀式のような光はなく、綾部家の結界が元に戻り何事もなく終わったかのように思えていた。彩夏からはまだ何も連絡がない。
今晩も監視は続きそうだが、数日もすれば彩夏から中止の連絡でも来るだろう。
連絡と言えば、早朝からいきなり今日間が電話をしてきた。なんでも、都心の喫茶店に来て欲しいと言う。殺意を持つ私を都心に呼ぶ度胸は褒められたものではない。
重要な話らしく、わけあって動きが取れないらしいので態々私が向かう羽目になった。
朝八時。
指定されていた都心の喫茶店に到着し、ガラスの戸を開ける。カランと鈴の音が鳴った。店員が笑顔で出迎えてくるので一礼、その後に店内を見渡し今日間を探す。
軽く手を煽る彼を見つけ、今日間の方へ視線を向ける。どうぞあちらへ、そう聞こえたのでこちらの意向は店員に伝わったようだ。
ここまで来る途中、周りからの視線は珍妙な物を見たと言いたげなものだった。そもそも昼間から外に出るのは嫌いだ。なにせ、纏っているのは着物で、一般的な服装ではないからである。もちろん、和服を日常生活に着る人もいるが、大半は違うからだ。
「やあ結。朝から何だかごめん」
「別にいいわ。ところで私はどちらに座ればいいのかしら」
今日間の向かい側に知らない女の子が座っていた。
見た目は淑女という二文字がピンとくる。長い黒髪の毛はサラサラとしていて艶があり、白いブラウスに黒くて長いスカート、黒いリボンを付ける彼女はどこかのお嬢様かのようだった。顔立ちも凛としていて、しっかりした性格を持ってそうなイメージ。
「あ、紬。これが結です。で、結、こちらは紬さん。高一だって。そっちに座ってよ」
「これって、私は物じゃないわよ」
「ごめんごめん。まあ座りなよ」
「じゃあ隣失礼するわね紬」
私は紬のような正当化を求める性格の持ち主は苦手で嫌いなのだ。
勝手に性格を決めつけているが、正装の金持ちの娘というのは大体そうである。
上から目線で、他人を平気で罵る。そしていかにも相手が悪い風を見せつけるのが鉄板だ。と、そんな私のイメージも次の瞬間に切り替わってしまった。
「あ、え、よ、よろしくお願いします、平夜様」
「ええ、よろしく」
声を聞いた瞬間に印象がガラリと変わった。コミュニケーションが苦手らしいフィラーの挟み方、目を合わせないで泳がせ、挙動が不自然であった。
私の金持ちの印象が変わった瞬間である。前提として彼女が金持ちなのか、確定要素はないのだが。
それはそうと、私の苗字を知っている辺り、今日間から人物像は教えられている感じだ。
注文を確認しに来た店員にホットコーヒーを頼み、私は頬杖をついた。
「で、今日は私に何の用なの? 眠くてやる気でないから手短に」
「この子は綾部の人なんだって」
「……へぇ。綾部、ねぇ」
悪戯を企むようににやりと笑って、頬杖をつきながら紬に視線を向けた。彼女は私の視線に恐怖したのか、一気に息を飲み込んだ。
綾部の人間ということは、綾部の問題を聞くにはちょうどいい。
しかしまあ、綾部の問題が起きている最中に出くわすとは、偶然か否か。判断材料として二人が出会った軌跡を聞いてみる。
「二人は何処で出会ったのかしら。まさか偶然?」
「路地で綾部の人に追われていて、僕が割って入ったわけだけど、何と家出少女らしいよ? 僕が責任もって彼女を監視するっていう話で一旦終わり。余程家に帰りたくないみたい」
アタリだ。
家出し、帰りたくない理由は恐らく綾部家の事件と関係している。加えて綾部の人間が紬を捕まえようとしている辺り、彼女が重要人物と考えていいだろう。
「ちなみにキョーマはどうやって話を落ち着かせたのかしら」
これは紬にとって一時凌ぎに過ぎないはず。今日間がどんな説得をしたのか知らないけれど、結界を強固にするほどだ。綾部家は必ず紬を連れ戻そうとする。
「それがさ、僕が名前を名乗って冷静に話し合いをしようと提案したら、綾部は今日だけお前に監視を任せるって。そう言ってきた」
「無駄な争い、事態を大きくしたくないのかもしれないわね」
相手は明月の人間だ。綾部も事を荒立てたくないはず。無難に今日間へ監視を委ねる方向に判断をシフトしたと考えられる。
監視という単語を使う辺り、紬は調和を乱す対象なのかもしれない。
そして、綾部が今日だけ監視を任せる、つまり明日以降は同じことを繰り返すわけだ。
「ねえ紬、どうして家に帰りたくないの?」
「私は元々病気なんです。体があまり動かせなくて、でも最近になって動けるようになりました。外に出られると期待して、それでも家は認めてくれませんでした。だから家出をしようと決めたんです」
「ちなみにどんな病気か、差し支えなければ教えてくれる?」
「……? ああ、自分の病気を知らないんです。正確には教えてくれず、私にもさっぱり」
「じゃあ、儀式みたいなことが綾部で起こったりしたかい?」
「……? あ、えっと儀式? 何のことでしょうか。全く心当たりがありません」
「キョーマ」
今日間に視線を向ける。彼は嘘を見抜く才、より正確に言うならば内情を探る才がある。私の心境もそうだが、彼の特殊な才であった。もちろん、何もかもというわけではないが。
今日間は首を横に振った。大抵、彼がそうする時は私の疑問を否定する。今回は紬が嘘をついているという疑問に対しての否定だ。つまりは紬の発言に偽りはない。
儀式はしておらず、ならば光の正体は謎であった。
一つ、今日間の才が正しいか試してみる。
「結界ってわかるかしら。あと結界の強さが変わった時、認知できるかしら」
「……? ええ。結界は家にも張っているから知っています。あと結界の認知もできます。これでも綾部家の人間なので」
「それじゃあ聞くのだけれど、ここ最近で結界を強くしたことはある?」
「……? えっと、ないですね。私がいる間、結界の強さが変わったことは特に」
崩れた。
紬が偽りを語っているのが垣間見え、怪訝気な顔を私は見せる。
結界の強さを認知できるのは、結界の種類や強さを変えた時だけである。今回、綾部家の結界が強くなったのに、紬が嘘を語る辺り何か隠し事でもしているのだろう。寝ていても、気絶していても認知できるのが結界の変化だ。
しかし、これには抜け穴が一つだけある。第三者の介入だ。仮に結界を認知できない術があったとして、それをかけられていたら紬は嘘を言っていないことになる。
判断するには決定打に欠けた。それに、態々こんなところで嘘をつくだろうか。
正直、わからないので深く考えるのはやめだ。
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