第10話 彼という光
「お帰り、結」
当たり前のように私の帰還を待つ今日間は、温かな笑みで迎えてくる。
正直、誰かを斬った後、彼に会うのは気乗りしない。なにせ、他人の心配をする人間だから、当然斬ったことを知ると不満気な顔をする。今回のように仕事で仕方ない時は目を瞑っているようだが。無関係の通行人を斬ったことを知れば、多分怒るだろう。
殺意が過敏だったので仕方なかった、と正直に言ってしまえば彼もお手上げだ。しかし、気分を落とす面を見せるので、言わないに越したことはない。
それ以上に、彼にだけは嫌われたくないと願ってしまう。
誰かを斬るのは殺人に等しい。そんな者を擁護するのは難しいだろう。今日間ならいくら私が罪を犯したところで、嫌悪を見せることはないと断言して言える。
それでも尚、私は今日間に嫌われることを恐れていた。
「何で私の家の前にいるのかしら。毎度毎度ご苦労なことよ全く」
「いいじゃないか。結は強いけど、心まで強いとは断言できないからね。ちょっと心配で」
「まあいいわ。とりあえず家に入りましょう」
「晩飯、買ってきてるから。どうせ食べずに仕事行っただろうから」
む、と内情がばれていることに微々と頬を膨らませた。
日頃の生活習慣が不規則で、面倒だからと食事を取らない時もしばしばあるので仕方はないが。何か全てを見透かす今日間の視線が嫌だった。
今日間は珍しく即座に人を斬ったか確認しない。普段は血がついているから聞くのだろうが、今夜は帰る最中で消えてくれたらしい。そんなことを考えつつ、屋敷の扉を開けた。
屋敷内、普段使うリビングに行くと、私はソファーに横たわる。
「結、今日は誰かを――」
「一人。いや人と数えていいかわからないけれど、斬ったわ」
「うん、嘘だね。またすれ違った人でも斬ったでしょ。ダメだよ、そういうのは」
また見透かされている。
潔く最初から本当のことを言えば、今日間の小言は聞かなくても済んだ。失態だ。
それにしても、彼はどうして私が嘘をついていると見破れるのだろうか。
悪びれない私は、見苦しく否定の意を込めた疑問をした。
「なんでそう思うのかしら」
「結が僕の言葉を遮った時は、大体後ろめたいことをした時だろうから。癖なんだろうね」
今日間は電気ポットでお湯を沸かし、そちらに集中していたためか墓穴を掘った。
非常に参考になる勉強だった。次からは今日間の言葉を遮らないようにしよう、と。
私にそう考えさせる機会を与えてしまったためだ。
「あ、これ言ったらダメなやつだ。結、今の忘れて」
「お湯、沸いてるわよ」
数秒間、無言でいるとハッと自身の過ちに気付いたようだ。
話題を逸らすように私は音が鳴る電気ポットへ注目させる。
二つのカップ麺にお湯を注ぐ今日間は、電気ポットを元の場所に戻してソファーにゆったり腰を下ろした。肩を落とす彼は納得できないと言いたげな顔だ。
麺がふやける間、無言でいると今日間は口を開く。
「綾部の家、何かわかったことはあったかい?」
「いえ、特に。今日は邪魔が入ったから何もわからず終い。ただ、彩夏が言っていたように儀式的な何かをしているのは明白ね」
「邪魔って同業者? それとも綾部の人間?」
「多分綾部と思うわ。それも式神か怪異の類。私を殺さないように必死だったし。まあ結局殺されちゃったんだけど」
あっけらかんと殺害された件を述べて、再び訪れる無言の時間。
視界に入っている時計を見つめ、三十秒ぐらいだろうか。今日間が案じ顔を見せる。
「……結。殺されたこと、最初に何で言わなかったの? 僕はね、君が死ぬところのなんて、……考えたくない。けどそれ以上に、君が一人で不死を抱え込むことは、嫌なんだ」
内心で人が喜んでいれば、彼は自然と楽しい声をかける。
内心で人が悲しんでいれば、彼は自然と励ましの声をかける。
内心で人が苦しんでいれば、彼は自然と心配の声をかける。
何もかもお見通しな彼の身勝手な言動に、私は思わず強めの声を発した。
「それはキョーマの我儘よ。私が死んだことを言おうと言いまいと勝手。それに、私が不死のことを一人で抱え込むことも、勝手なの」
「そうだね」
「――――」
今日間は微笑して言った。たった一言。
私は私の論を彼の無茶苦茶で優しい論で壊してほしかった。けれど彼はいつものように身勝手で心配性な発言をしない。彼の持つお節介病が出てこないことに、不安を持つ。
なぜだろうか、心の中が不安以外空っぽになってしまった気がする。
少し強めに言い過ぎてしまっただろうか。私の期待していた反応とは程遠く、しかし目を丸くしていた私の中の不安は杞憂に終わった。
「けど、やっぱり僕は嫌なんだ。君の言うように、僕は我儘だと思う。けどさ、言ってくれないと、結が苦しんでいるのわかるから。やっぱり君が一人で抱え込むのは、……辛い。それ以上に、君が一人で苦しみを抱いてほしくないんだ。僕なんかでよければ、ちっさいけど、力になるから」
私は静かに瞼を閉じた。
やっぱり、この感じは心地いい。
今日間が正論を優しい我儘で壊す、だから私は彼に救われている。
「まあ、極力言うようにはするわ。それで文句はないでしょう?」
「結、笑ってる?」
「別に笑ってない。早く食べないと麺が伸びるわよ」
そう言って私はカップ麺の蓋を開く。
とっくに麺はふやけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます