第8話 殺すも死なず、殺されも死なず

「月光の下で飾る緋の衣。恐ろしい。怖ろしい」


 ふうん。相手には月光に照らされる、血を着物に飾った殺人鬼に見えるらしい。

 今度も否定はしない。私のやっている行為は殺人だ。ただ人が死なないだけで。


 ただし、血は実際の液体でなく、あくまでも虚構のものなので、時間が経てば消える。


「あまり着物を傷つけたくないから、すぐ終わらせましょうか。まあ白は沢山あるからいいのだけれど。あともう一度斬れば、気絶するでしょう」


 基本的に私が着るのは白色だ。たまに気分によって桜色を着る時もしばしばある。


 さて、話を戻すがもう一度相手を斬れば、痛みに悶えて気絶するだろう。


 普通の人間ならば、一斬りすれば痛みに耐えきれず気絶する。

 仕組みは至って簡単。生命エネルギーを斬っているため、痛みが生れる。外部的損傷か、内部的損傷かの違いだ。そこに殺せないという面倒な縛りがあるだけだ。


「お前は、生きていてはダメだ」

「それには同感よ。でも、残念なことにあなたは私を殺せないわ」


 技量が違うから、と言えば語弊がある。老骨の相手は確かにかなりの実力を持っている。力量を測るのはあまり得意ではないため、自分との正確な差は不透明ではあった。無論、私の方が上である。大雑把だがそこだけはハッキリと分かった。


 しかし、殺されないと確信を持てるのは、違う理由である。それを相手に語るのは正直面倒だ。聞いてくれそうにもないので第二ラウンドが開始される。


 斬られたので相手は動揺している。特に策を練っているようにも見えない。怖気づいたか。楽観的に考えていると、先より濃い殺気は背後から匂った。


 使い魔がいることを忘れていた。使い魔の痛覚は本体と離別している、そう考えるのが妥当だろう。怯える様子は全て演技で、策を練っていたようだ。


 だが、詰めが甘すぎる。使い魔だけで私を倒そうとは、冗談。


 振り返って斬り落とす。同時、奥に何かが見えた。綾部家の方角だ。かなりの距離があるため、私は目を細めて凝視する。何やら光っているように見える。


 これが彩夏の言っていた儀式だろうか。急ぎ、証拠を納めねば。


 と、そこで頭の中では疑問符が浮かんでいた。気づけば私は煌びやかに光る月を眺めながら横たわっていた。首に違和感、ああ、理解した。


 綾部家に気取られ、呆けていた。

肌を斬られ、血肉を抉る。そのあまりの雑な斬殺のやり方に私は笑いながら倒れたようだ。私ならもっと、神経という糸を鮮明に切断する。


 斬られたのは首だ。半分は斬られている。首ちょんぱじゃないだけましだろう。

簡潔に言えば、私は死んだ、と言っても間違いではない状態だろう。私が普通であったならばの話だったが。


 傷口から血は流れていく。生命のエネルギーである血がなくなり、動脈を斬られたら死は当たり前だ。その当たり前の括りに入らないのが私である。


「どうしたものか。殺すつもりはなかったが、私としたことが殺気に臆してしまった」


 困ったと老骨が言う。

 綾部家の刺客ならば、当然相手を殺さないように動くだろう。そうしなければ綾部家はただの人殺しの家柄となってしまう。信頼も地に落ちてしまう。


 五名が軽傷で済んでいたのは、それが原因だ。


「まあ、主に事情を説明するしかないかのう。……そうか、貴様もしや平夜家か」


 老骨が一歩身を退く。


 怯えるような刀の震え、静けさがより不気味な雰囲気の味を出していた。


「家を入れないでくれる? その呼び方、あまり好きじゃないわ。まあ自分で選んだ道なのだけれどね」


 嗤う。誰かが嗤う。平夜結だ。


 死んだはずの私が立ち上り、老骨は後ずさりしていく。


 どうして私が立ち上がれるのか。それは、不死の呪縛を課せられているからである。人は生れて、その果ては死だ。死ぬために、人は生きていく。その理から外れた異端者が私だ。私たちの世界では不死の化け物といらない称号を付けられている。だから、相手は平夜の人間だと分かったのだろう。もちろん、知らぬものも少なくはない。


 先の続きだ。


 平夜結はエネルギーを吸収している。よって、体が再生する機能を持つ。これが不死の理由だ。どうして、自分にそのような機能がついているかは見当もつかないが。


 ただし、気絶という概念は私も持っている。これは気のバランスが乱れているからだと、彩夏が言っていた。睡眠も同様。


 気の乱れは外部からの攻撃や、ストレスなど様々な要因がある。

 殺意を常に持ち、人を殺せず、また殺されず、不死の呪縛を持つ存在が平夜結であった。


「今日、綾部が動くことはもうなさそうね。それならとっととあなたを斬って帰るわ」


「ぬかせ。斬られるのは貴様の方だ」


 気が狂ったようだ。手首はがくがくと震えているのに、強気な発言で鼓舞している。


 見逃してもいいのだが、今宵の殺意は非常に過敏だ。斬らない選択肢は、私の中で疾うにない。呼吸をする間なく、恐怖の感情が溢れる前に斬ってあげよう。それが私なりの唯一の心遣いだった。


 作戦なしで直進してくる様に嘆息し、その動きが老骨の見る今日最後の私になる。哀れな老骨に対し、何の感情もわかない。ただ、欲に、感情に従って動くだけ。


 血が老骨を軸にして円状に溢れ出す。予定通り呼吸する間も与えず、文字通りの瞬殺を魅せた。我ながら今の一閃は見事で、斬ることに一寸の迷いもなかった。


 私は、殺人鬼だ。そう改めて認識した。


 風が嘲笑っているような気がする。私を、殺意という欲を満たせない私を傍観しながら。


 首揺らし、夜風を余すことなく感じながら私はこの場を去った。

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